2017年10月 8日 (日)

手前味噌な話ですが

手前味噌ながら、父の講演会の話を書き留めておこうと思います。昭和9年生まれの83歳…こんな機会があと何回あるのかわからないな〜と思い。

父は建築構造家という仕事をしています。私と違い大変優秀な人材で、彼の知性の10分の1でも授かっていたらなぁと思うことがありますが、私には私に与えられたものもあるだろうから、それはそれで良いかな。アハ。

元々鉄筋コンクリート造や鉄骨ぞうの専門家でしたが、阪神淡路大震災の時に取材に行き、伝統的な木構造の建物の耐震性の素晴らしさに驚き、以来研究し、継承運動をしています。

木造にしてもRC造にしても、時間をかけて手をかけて丁寧に造られたものは、非常に美しく感動的で、長持ちするものなんですよね。今、効率効率で「ものづくり」をしなくなった日本…捨ててきてしまったものがいかに多いか考えさせられます…。


ま、構造の話なんて、とてもマニアックですが、もしご興味があればお読みください(><)

以下、簡単なメモです。()内は私の感想、補足や説明です。

 

「コンクリート造が問題だと以前から思っていた。理想的なコンクリートは水の量を減らさなくちゃならないのだが、水を入れ過ぎている。
木造の話。専門家の概念を覆したい。実は強度が非常に高い素材。超大スパンも可能だ。
この写真は筑波第一小学校の体育館だった建物。体育館の床下。抜き構造になっている。接点の応力を分散させている。体育館の壁面。板倉構造。柱に厚さ60mmの板を落とし込む工法。壁は、ダボで固定して、せん断力に耐える。しかし竣工して3年すると、垂直の壁が5cm外側にズレてしまったことが非常にショックだった。(木の特性を知り尽くしていないためにこうなったと考えられる。木は奥が深いのです。)もちろん直したが、木造大スパンに初挑戦した失敗作となった。

http://www.yama-semi.com/?pid=99727196  

 千葉県我孫子市の白ばら幼稚園。円形の屋根。丸ダボを使用。円形の材と外側の真っ直ぐな材の応力のバランスがとれ、フレーム構造となる。(説明合ってるかな)
(
軸力曲げモーメント段々ついて行けなくなってきました)
加工の仕方によって、応力を小さくすることができる、ということらしい。サスペンションの場合は曲げ応力はゼロになる。サスペンションとアーチを組み合わせたものをサスペンアーチという。大径木は全く使っていないが、サスペンアーチにより、高強度、大スパンを実現した。
http://sirobara-ed.jp/

大分県中津市、鶴居小学校体育館。アーチと直線材の組み合わせでスパン25mを実現。(木組みが美しいです。)上部からの力を全て軸力で伝えている。金物は全く不使用。3分の1模型を作って乗ってみたが、非常に丈夫だと実感した。
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/gyouji/__icsFiles/afieldfile/2011/03/01/1297579_14.pdf

ここからはコンクリートの話。
鉄筋コンクリートとプレキャストコンクリート。現場打ち一体型と、パーツごとに作って組み立てる方式を区別。

熊本機能病院の例。コンクリートのパーツは全て地上で平打ちして組み立て(プレキャスト)た。水分を最小限まで減らすことができ、非常に丈夫なコンクリートになる。試してみてわかったことは、平打ちしたのが冬だったが、わずか2日で強度が出たこと。(多分、現場一体型の方が時間がかかる)(熊本機能病院の天井図、曼荼羅みたい。美しいです。)

https://www.juryo.or.jp/userguide/tests/sougoureha/


コンクリートの寿命の話。水とセメントの重量比を水セメント比と言う。水セメント比を40%まで減らすと中性化速度は一気に9000年に、つまり半永久的に持続する素材(まるで石のように)になる。
日本では、経済効率の名の元に、ミキサー車で水セメント比が60%くらいの(水が多い)コンクリートを打ち続けている。

鎌倉雪の下教会のプレキャストコンクリートの例。鶴岡八幡宮に続く参道の入り口辺りにある。(コンクリートとは思えない細かい細工が施された天井です。)天井材は厚さ70mm。パーツとパーツは現場で型枠を組みコンクリートを流し込んで繋げる。後から見ると、どこで繋げたか全く分からない。教会入り口ホール。こういう構造をワッフル構造と言う(へー、確かにそっくりだ)

http://hamarepo.com/story.php?page_no=1&story_id=1002


大久保の淀橋教会。やはりプレキャストコンクリートを採用。天井の架構が特徴的です。繊細な架構を造るには現場打ちでは不可能。
次に、中目黒教会。ここも屋根が特徴的です(私が元勤めていた会社が施行しました)U字形デッキプレートを一定角度捻り、曲線を架構。個々のユニット(パーツ)を並べて、繋ぐ部分に現場でコンクリートを流し込んでいく。この手法はプレキャストコンクリート構造では共通のようです。

http://www.yodobashi-church.com/


三鷹市の国際基督教大学、理学本館。内部には柱が一本も無い。トラスユニット3m角のコンクリート格子を組みリフトアップさせた天井。設計士は別の構法、フィレンデールを検討していた。自分が構造家として初めての仕事だったが、設計士の案でも良いものになったと正直非常に後悔している。
http://www.4gress.com/univ?hl=jp&q=%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E5%9F%BA%E7%9D%A3%E6%95%99%E5%A4%A7%E5%AD%A6

(あまり良い写真が無かった…)

聖望学園中学校の例。柱は、屋根からの応力が最大になる部分で受けている。説明が難しくてついていけない(-_-;)(設計図自体が美しいです。 )
聖望学園の製作現場。こんなにコンクリートが細くても、水セメント比が低いので、強度は高いのです。

(写真が見つからず載せられません)

現場打ち一体型コンクリートは、型枠を2回くらいしか使わない。型枠は熱帯雨林を破壊している。平打ちコンクリートにすれば長持ちコンクリートになり、熱帯雨林を守ることができる。

自分が木造で考えたのは、細い材の組み合わせの架構。変位ゼロ()を目指したい。

質問タイム
質問:プランが先か、構造が先か?
答え:プランが来たら構造を提案する。設計士はそのアイデアまで自分のものとしたがり、よくケンカした。

質問:誰に影響を受けたか?答え:イタリアのネルビィ。日本にはいない。
ピエール・ルイジ・ネルビィ:イタリアの構造家・建築家。

https://ameblo.jp/mori-arch-econo/entry-10338131057.html

 

2017年9月28日 (木)

請願第6号「就学援助の入学援助金前倒し支給を求める請願」に対する賛成討論

9月議会の最終日に請願第6号「就学援助の入学援助金前倒し支給を求める請願」に対する賛成の討論をしました。以下は原稿です。アップするのが遅くなってしまいました〜

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政策実行フォーラムの増田薫です。

 教育環境常任委員会に付託されました、請願第6号「就学援助の入学援助金前倒し支給を求める請願」について、賛成の立場から討論いたします。

 文部科学省は3月31日、生活保護世帯と同水準の要保護世帯の小中学生への「入学準備金」(就学援助)を増額し、支給は小学校入学前も可能だとする通知を都道府県教育委員会に出しました。

 通知によると、入学準備金の単価は、小学生は1人4万600円、中学生は4万7400円となり、前年度比で倍増します。「援助を必要としている時期に速やかな支給が行えるよう」交付要綱の一部を改正し、これまで「児童又は生徒」としてきた入学準備金の交付対象に「就学予定者」を追加しました。これによって中学校への入学前のみならず、小学校入学前の時期に支給できることになりました。

 また、今年の627日には国民生活調査が発表され、子どもの貧困率は、前回の16.3%6人に1人だったものが、今回は13.9%7人に1人に改善した、とのことでした。しかし、確かに相対的貧困率の”率としては”改善したのですが、可処分所得の中央値は18年前と比較して50万円も下がっています。可処分所得の中央値の半分を貧困ラインとしていますが、1997年の貧困ラインは149万円、今回2015年の貧困ラインは122万円となっており、全体的に所得が落ちているということがわかります。特にひとり親世帯の貧困率は依然深刻で、前回より減ったとはいえ、相変わらず過半数(50.8%)を占めています。しかも貧困ラインギリギリのところに多数存在しています。松戸市でも同じような状況であり、さらなる対応が検討されていく必要があります。

 さて、教育環境常任委員会の審議においては、紹介議員に対する質問をしたのは私だけでした。そのあと数名の委員から執行部に対する質問がありました。その答弁から、就学援助の対象者が多いこと、仮に小学校の就学予定者を対象にすることになると、通常の学籍関係の事務に加えて学区選択制の申請も同時に行われる時期であり、更に入学準備金の手続きが加わると、事務的な能力が追いつかず問題になる。よって前倒しは見送る考えであることが示されました。

 松戸市の就学援助対象者は昨年度は3999人、手続きの事務処理の担当職員は再任用を含め、5名とのことです。前倒し支給を決めた柏市では3000人を4人で行っていると聞きました。単純に割れば、松戸市は職員一人当たり約800人、柏市は750人、となりますが、松戸市の場合は学区選択制の手続きが加わるから、事務手続きが非常に多くなり難しい、という説明です。

 しかし、どういう対策を練ったのか、実現のために何とかしようとどこまで模索したのか、甚だ疑問です。人手さえ増やせば可能だと分かっていて、出来ないのは何故でしょうか。

 すでに本市は「子どもの未来応援会議」を設置し、子どもの貧困を改善し、子ども達の未来を考えていこうという取り組みが始まっているにもかかわらず、どうして相反することを行うのか理解できません。

 私自身、就学援助を支給してもらっていた時期があるので、入学準備に苦慮する切なさはわかっているつもりです。長女が小学校に上がる時、入学説明会でいきなり算数セットを買わされるのにはとても驚きましたし、それからすぐにランドセルや文房具、体操服、入学式のための洋服など、保護者には重い負担がのしかかります。

 親は、何とかしようと頑張りますが、その実、陰ながら涙ぐましい努力をします。日本の義務教育の実態は、この意味においては公平ではないと感じます。この前倒し支給が決まればどんなに助かることでしょう。

 

 教育環境常任委員会の話に戻しますと、最後の討論では、請願を提出した団体に対する批判が出ました。しかし請願の趣旨とは何の関係もない内容で、非常に残念に思いました。

 政治とは一体何でしょうか。何を見て政治をすべきなのでしょうか。こと、子どもの貧困対策においては、イデオロギーを超えて考えていかなければならないのではないでしょうか。子ども達には何の罪もないのです。そして私は、自分の周囲のママ達に、手続きの処理が仕切れないから前倒しは見送られた、と説得力を持って説明することはできません。

 国も前倒し支給を認めている中で、反対する理由はどこにもありません。子どもを持つ、生活困窮家庭の親達の支援をするのは行政の当然の責務であること、人件費の削減は、必ずしも市民のためにならないこと、の二つを主張して、賛成討論とします。

2017年9月24日 (日)

子どもの貧困は改善していない

以下の文章は、facebookに今年6月29日に投稿したものですが、忘れないためにここに若干加筆して残しておきたいと思います。‪
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国民生活調査が発表されました。それによると、子どもの貧困率は、前回の6人に1人→7人に1人に改善した、というものです。
いや…確かに相対的貧困率は、”率としては”改善したのですが、可処分所得の中央値(※)は18年前と比較して50万円も下がっています。つまり全体的に所得が落ちているということで、決して喜べない実態なのだと思います。

(ここから加筆部分)文部科学省は3月31日付で、準要保護世帯への助成である「就学援助」の入学準備金を増加し、小学校の入学前の児童に支給することも可能である、とする通知を出しました。それに基づき、多くの自治体が入学準備金の前倒し支給に取り組む予定です。
が…、
松戸市は対象者が多いこと、事務的な能力が追いつかないことを理由に次年度の前倒し支給は見送ることになりました。

私自身、就学援助を支給してもらっていたので、特に中学校の入学式(その前の卒業式も)の準備の切なさは知っています。まさか制服は何とかしてもジャージは無しでね、とも言えないでしょう?

義務教育なのにどうしてこんなにお金がかかるのかと本当に思いました。(加筆部分おしまい)

※可処分所得とは、収入から経費を引いた、実際に使えるお金のこと。国民の可処分所得を順番に並べ、その中央の値(貧困ラインと言う)の半分以下を貧困と定めている。

1997年の貧困ラインは149万円、今回2015年の貧困ラインは122万円。
→国民生活調査:子どもの貧困13.9%、12年ぶり改善 - 毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20170627/k00/00e/040/180000c

なぜ守れなかった子どもの命

「なぜ守れなかった子どもの命」
東日本大震災で74名の児童と10名の教師が津波で亡くなった、大川小学校のお話を聴く会がありました。以下にメモを貼り付けます。私の感想は文末に。

**********************************
2011年の震災、津波で当時小6だった三男を亡くす。
来週の金曜日が小学校の卒業式の予定だった。翌日は中学校の部活動の買い物に行く約束を。

震災の時石巻市で仕事をしていた。
2時46分
まだ学校にいる時間だから大丈夫だろう、と安心していた。その日は帰れず。同じ小学校の親同士話したが、正直誰も心配していなかった。

翌日何とか途中まで車で行き、小学校に着いた。
地獄絵図だった。
保護者同士山に行き、子どもたちの名を呼んだ。
しかし返事は無く
市役所の人に会ったので「子ども達は⁉︎」
彼は首を横に振った
ダメだったことを知った
それからは必死で遺体を探した
1週間自衛隊も何も来ない
遺体を毛布にくるみ、自分で遺体安置所に運んだ人も
あの時のまま時が止まっている
生きていれば大学1年生

初めは全く話せなかったが、小さな命の大切さ、重みを話さなければ、と活動を続けている
一番辛かったのは息子、黒い波に飲まれて苦しかったことを思えば、生きている自分は何かしなければ

東日本大震災で学校において子どもが死んだのは大川小学校だけ。
全校生徒108名中74名亡くなっている。親がお迎えに来た子どもは全員助かっている
78名津波に飲まれ、たったの4名しか助からなかった。

他の学校には無く、なぜ大川小学校だけ?疑問に思い調べ始めた

想定外というが、他の学校では起こっていないのになぜ?なぜ?問い続けている。

地震と同時に校庭に集合
2時54分に津波警報
助かった6年の児童が後に証言。先生に「山に逃げよう」とある6年生の児童が進言したが「津波なんて来ないよ」と叱られた。
校長は有給休暇で不在
津波は来ない、と言ったのは一人の先生だが、教務主任でも無い人の意見がなぜ最後まで通ったのか未だにわからない
近づいてはいけない川に行かされた子どもたち
普段なら入らない民家の裏に行かされ、38人ほど集団で遺体が見つかっている

防波堤の松何万本が流され、北上大橋にたまり、ダム状に。海からの波がぶつかり子どもたちを襲った
裏山には数分で着く近さだったのに
子どもが小走りしたら45秒くらい

琴寄先生より
大川小学校は海抜ゼロメートル、
裏山にはとても近い場所にある

ラジオは朝礼台の上にあった
校内から持ち出したもののはず
15時37分津波到着、に確定するまで大変な苦労があった

以上第1部

以下第2部
企画の意図は?→これは大川小学校事件。学校事故と捉えている。我がごととして捉えるべき学校の在り方の問題である。
いじめに関する相談もくるが、一方で大川小学校だけ特別扱いするなということを言ってくる人も。

震災後の先生の動き
校長は有給休暇で不在、初めて来たのは3月17日。
第一声が「金庫どこですか」
遺体安置所で亡くなった子どもの人数を確認して教育委員会に報告するのみ

遺族から再三に渡り要求しようやく4月9日に説明会。震災後直ちにはムリでも、開けたはず。

TVの学校インタビューで校長は「友だち減っちゃったけど新しい大川小学校を作っていこう」と。憤りしかない。

たった一人、助かった先生がいたが、実は自分だけ裏山に登って助かっている。裏山に行く途中にある自動車屋に一晩過ごしていた。(後から分かったが、助かった生徒が”先生”と呼んだことで初めて分かった)
その先生が小学校のことを話してくれたら救助に行ったのに、と自動車屋の店主が未だに言う。

市役所の人が聞き取りをした。
その記録を開示請求して、発言した人を特定、確認。しかし教育委員会に都合の悪いことは全て削除されていることが分かってきた。

第2回の説明会は6月4日非公開、しかし1時間で打ち切る。遺族怒号とア然…
記者に対し教育長は「特に質問は無かった」とウソを。

石巻市長の有名な発言「宿命だから祈るしかない」と。

11月3日 円卓会議(文科省、県教委、市教委、遺族)
当時の前川喜平参事官出席

第三者事故検証委員会に疑問があり、大津自殺事件の調査委員の尾木ママにアドバイスを請いに来た
地元の大学の権威は呼ぶべからず、理由はしがらみ。西日本、九州あたりがいい。定年後の校長は入れるべき。
前川喜平さんは5時間も話を聞いてくれ、期待が膨らんだが…蓋を開けたら委員はほとんどが東北大、宮城県の顧問弁護士まで。

意見を求められたが全て通らず。
ずさんな検証だが…「真実を明らかにするための検証ではない。真実を明らかにすると悲しむ人が出るから」と。

税金を5600万円かけて行った検証委員会、聞くに耐えないくだらなさ。結論は「避難が遅れたため」。前川喜平さんが監督した検証委員会がこれだ。

一審は勝訴。二審は来年判決か。
津波が来る前の備えがあったかどうか、が争点。

チリ地震の津波の経験から通達があり、避難マニュアル作成、避難訓練を義務づけられた。

大川小学校、実は避難訓練をしていなかったのに報告だけしていた。

第三者委員会は結論ありきだ、と遺族の反対も。

《質問》
何が真相解明を阻んでいる?
→最初のウソから始まっているのではないか。ウソの説明会。シナリオまで作っていたことが明らかになっている。助かった生徒が泣き崩れる場面までシナリオに。

人災なのにどうしていつまでも揉めている?
→助かった生徒が真実を明らかにしてくれると思っていた。先生はウソをつかないと思っていた。悔やまれる。
これは大川小学校だけの問題ではない。教育界全体に蔓延している隠蔽体質そのものの問題だ。

電車が通っていないのでスクールバスが通学手段。逃げよう、と運転手が言ったが待たされ津波に巻き込まれて亡くなった

今回は昭和8年の津波以上の津波だったため、まさかここまでは来ないと安心して避難せず亡くなった恒例の方もたくさんいる。経験が仇になった。

ハザードマップはいいかげん。特に地価にも関わるせいか?

教員のマニュアル、配備計画書があるはず。
学校教育計画の中の防災マニュアルがずさんだったのだろう。
大川小学校の事故は明らかに人災。

避難マニュアルが公園・空き地となっていたことが問題だと思うが、他の学校ではどうだったのか?
→他の学校のマニュアル全て読んだが、避難場所を特定している。1年前の文科省からの通達により作成していた。

最後に一言。
学校という、教育の場において子どもを亡くす悲しみを一つでも無くしたい。そうすることが失った子どもの命に報いることではないかと思っている。災害を甘く見ないで、最悪の事態を想定していくことだ。

*感想*
この悲しい事故(事件)は、恐らく学校特有の問題を腹んでいるのではないかと想像はしていたのですが、ここまでひどい状況だったとは…しかしなぜこんなことがまかり通っていたのか?まだまだ疑問点があります。
武道の選択(柔道)の死亡は全国110名、組み体操の死亡は50年間で9名。
松戸市でも組み体操であわや死亡事故になったかもしれない事故が起こっていますが、教育委員会はなかなか認めませんでした。自殺も然り。いじめだと認めない傾向があります。
何故だろう?
今後、この話を心に留めて対峙していかなくちゃと改めて思いました。

2017年9月10日 (日)

伊勢丹のフロアの一部に市の公共施設を持ってくるという議案について

伊勢丹4階のフロアの一部を公共施設として1021億円で借りる、という議案審査について。皆さんはどう思いますか???

 

この件、今議会の最大の争点だったと思います。すでに新聞等で報道されているように、松戸市議会は市が提出した原案には反対。修正案を提出し、修正案に全会一致で賛成・可決という結果でした。

 

しかし私のところに「伊勢丹が無くなったら松戸はどうなるのか」という電話が来たように、残念ながら新聞報道が委員会の議論を適切に伝えているとは思えず…、すでに様々な議員がこの件をブログやSNSに書いているようですが、遅ればせながら私なりに説明をしたいと思います。

 

市からは、公共施設再編に伴う議案との説明でした。内容は、

①伊勢丹4階フロアの6割を市が借り、公共施設にする。10年契約で10年で21億円強の賃借料が発生する。入る予定なのは、松戸市民活動サポートセンターの機能の部分、市民劇場の分館として会議室を数部屋、旅券事務所(現在千葉銀ビルに入っている)。

駐車場は年間3,000万円で1フロアの台数分ほどを借りる。

 

②浅間台の総合福祉会館と松戸市民活動サポートセンターの建物を壊し、複合施設にする。入るのは、元々入っていた、公民館・図書館・矢切地区社協・社会福祉協議会、多目的スペース。新たに矢切支所、二十世紀ヶ丘消防署。

 

③矢切支所と二十世紀ヶ丘消防署の土地はデベロッパーに売る。

 

 

伊勢丹の建物地下1階~地上11階のうち、伊勢丹は4階以下に縮小するとの話でした。

 

疑問に思った点は幾つかありますが、最も変だなと思ったのは、事前に大会派に全く打診されていないようで、唐突に提出され、本当に通す気があるのだろうか?という点でした。他には、

 

⑴どうしてビルのオーナーからではなく伊勢丹から「又貸し」されなくちゃならないのか。

⑵他に適地を探した上なのか

⑶果たして賃借料は相場なのか

⑷公共施設再編という名の一企業の救済策ではないのか

⑸当事者である松戸市民活動サポートセンターの人たちとはどこまで話し合いが進んでいるのか

などです。

 

7日の総務財務常任委員会では、ほとんどの議員から質問が出ました。

 

Q1:松戸市がこれまで借りている他の建物に比べて3倍ほどの賃借料であるとの指摘。オーナーから直接借りないのは何故か

A1:伊勢丹側からフロアの一部を借りてもらえないか、との提案があったため

 

Q2:伊勢丹隣の松戸ビル内にも市の施設が入っているが、利用者は駐車場は有料であるのに伊勢丹の中の公共施設を使う人は駐車場は無料、その整合性をどう捉えるのか。また、駐車場の仮受け料は年間3,000万円10年で3億円、それなら新しい駐車場が建てられるのではないか

A2:その辺はまだ詰めきれていない

 

Q3:サポートセンターの指定管理者には聞き取りをしているのか

A3:議案が上がったとの報告はした

 

Q4-1:行政というのは、議案を通す時大抵用意周到にしてくるものだが今議案はそう思えない。政治的な判断があったのではないのか、市長に問う

A4-1:副市長から答弁。時間のない中で説明不足な点があるのは承知している(無責任じゃないかよ!とのヤジが…)。伊勢丹が9月末までに返事をよこしてほしいとの話だったので市として考えたものである(でないと撤退するぞ、と?)

Q4-2:我々議員は政治家として、この少ない情報から審議しようと臨んでいる。同じ政治家として市長は何故答えないのか

A4-2:市長答弁(この委員会でこの答弁が唯一度だけでした)。政治判断ということではなく、市にとって必要と思って提案している。

 

Q5:今回は公共施設を再編して浮いたお金を投資できるが、10年後はどう工面するのか

A58年後くらいから検討することになる

 

とにかく…正直ひどすぎて職員が気の毒になるくらいでした。つまりほとんど詳細が詰めきれていない提案なのです。

 

また、今議案は公共施設再編を絡めた提案でしたが、本来そのメリットは、再編することで市の財政が助かるから行うのであって、浮いたお金を使ってしまうのでは意味が無いのです。

 

結果的に、委員会では伊勢丹のフロアの一部を借りるという箇所を削除した修正案を提出し、市の提案の原案には反対。委員会の提案した修正案に賛成した、という経緯でした。

 

「伊勢丹には残ってほしい。」「松戸が沈んでしまう。」

ことは誰もが言うこと、思うことだと思います。議員だって皆同じ想いであることは共通の認識です。

そこで皆さんにお尋ねしたいのは、2点です。

 

①この一年の間に、あなたは伊勢丹で何を買いましたか?

②伊勢丹の救済のために、貴重な税金を投入してもいいですか?

 

2017年7月23日 (日)

平成29年6月議会の一般質問より

 6月の一般質問で、初めて「不登校」の問題を質問しました。

 私の息子が2年半中学校に行けなかった経験があり、当事者として発言することに意味があるだろうと思いました。なかなか世間にわかってもらえない不登校。うちの場合の例を話しました。説明が長すぎて上手くいきませんでしたが、少しは伝わったでしょうか…。

それにしても、文章にすると長〜っ!

 

 

<校現場における子どもの教育環境・生活環境について>

 

 平成27年度、文部科学省の問題行動調査によると、不登校の


児童・生徒は全国で12万人とされています。


 松戸市の不登校の児童・生徒は、昨年は小学生98人、中学生


312人、合計で410人です。小学生と中学生を比較すると、圧


倒的に中学生が多いのが徴です。計算上では、中学校の各学


年に5人ずついる計算になります。


 統計を取り始めた昭和50年は、小学校で12人、中学校で23


人が報告されいますが、その後10人、20人と年々増え続け


てきました。その頃は「登拒否症」と呼ばれていました。


 昭和4555年頃は、オイルショックがあった時期ですが、


「新幹線教育」という名がつくほどの詰め込み教育になり、


子どもは荒れ、校内暴力が話題となりました。財界がエリー


トの育成を提唱し、進学率はどんどん上がり、日本中が教育


加熱化していきました。同時に「落ちこぼれ」という言葉


流行語に、この頃から全国で登校拒否は増え続け、社会問題


化してきた歴史があります。名称が不登校となったのは平成


9年頃です。


 文科省は、昨年9月「不登校児童生徒への支援のあり方に


ついて」を通知し、その中で「不登校は、取り巻く環境によ


っては誰にでも起こりうるので、問題行動と捉えてはならな


い」としています。その一方で、教育機会確保法が成立しま


した。しかし、なぜ今、様々な現象が子ども達に起こってい


るのか、その社会的背景や学校のシステムなどの検証かなさ


れずに教育確保を保証していこうとすることに私は疑問を感


じています。不登校の児童・生徒を縛るものになりはしない


でしょうか。


さて、ここからは少し長くなりますが、私の体験から不登校に


ついてお話ししたいと思います。私の息子は、中学1年生の2


学期の10月頃から登校できなくなり、そのまま中学3年生が終


わるまで不登校でした。


2014年、息子が中1の2学期の始業式、ひどい咳と熱が出て


学校を休みました。その後もなかなかスッキリせず、本人が度々


「熱っぽくて調子が悪い」と訴えます。首を触ると確かに微熱が


あるのです。地元の病院に行って風邪薬を飲んでも全然効きません。


3・11で被ばくもしているので、まさか悪い病気ではないかと、


紹介状をもらい、松戸市立病院で検査を受けさせました。すると


異常は全く無く、私はその時初めて、原因が心だったことに気付


きました。中学校のカウンセリングも2~3回受けました。行け


そうな気がして準備した月曜日の朝、2階に荷物を取りに行った


きり降りてこないので見にいくと、息子はカバンの前に正座して


全く動けなくなっていました。


 頭では「学校に行きたい」「学校に行かなければならない」と


思っているのに、体が全く言うことを聞いてくれない。要は、頭


と体の乖離が起こり、それが身体的な症状として現れます。うちの


場合は熱や頭痛・腹痛でしたが、抱えている事情によっては、母親


に暴言を吐いたり、暴力的になったり、物を壊したり、逆に部屋に


引きこもってしまう場合もあるそうです。それだけ受けた傷が深い


と理解すべきだと思います。


 友達はみんな頑張って学校に行っているのに、自分は頑張れな


い。


そんな自分を責め、自分はダメな人間だと思い込み、自己否定感が


非常に強くなります。ダメな自分を誰にも見られたくない。知られ


たくない。だから外には出ないか、出ても暗くなってからです。


そして、頑張れない自分を、お母さんはどう思うだろうか、友達は


自分を見捨てるかもしれない、という不安に苛まれます。息子は幸


いにも優しい友達に恵まれ、時々励ましてくれていました。しかし


結局学校に行くことは出来ませんでした。


 日中はだいたいゲームをして時間をつぶしていました。


 ゲーム依存や昼夜逆転を悪くいう人がいますが、ゲームに夢中


なるのも理由があります。たった独りで長い時間を潰すのはと


ても辛く、ゲームをして気を紛らわすしか無いのです。うちで何


をしているのか?と担任にも周囲にも聞かれ、ありのまま答えると、


大抵は呆れた顔をされましたが、苦しい事情は、なかなか伝わりま


せん。


それに、本人も楽しそうにゲームをしているため、心の内側が周囲


には分からず、家族の中でも批判が出たこともありました。


 息子については、「わがままなんじゃないか」「ただ行きたくな


くて甘えているだけでは」「甘やかしすぎでは」「勉強がついてい


けなかったのでは」「お母さんが選挙に出たのが恥ずかしかったの


では」「お母さんが忙しすぎて寂しかったのでは」「実はいじめに


遭っていたのでは」…などなど、周囲から色々と言われました。ま


あ、なぜか母親が悪く言われることが多いんですが、本人に聞いて


もそれらに心当たりは無いようでした。


 息子は、どちらかというと勉強が出来る方だったと思います。


格はかなり真面目で、中間テストは2週間前からせっせと勉強


し、一夜漬けしかしたことがない私の息子とは思えないほどでし


た。今思えば、ちょっと頑張りすぎた面もあったかもしれないな…


と思います。


 ところで、当時の教頭先生が「訪問相談担当教員」を紹介して


れました。千葉県独自の事業で、スクールソーシャルワーカー


とは違います。各家庭を訪問し、一緒に1時間ほど過ごします。


我が家の場合は、理科の実験をしたり、トランプゲームをして過


ごしました。


親や担任以外の第3者の大人とのコミュニケーションを続けられ


ことは、のちに非常に大きな影響を与えたと感じています。高


校受験の願書をどうするかの時、「受けてみる」と言えたのは、


先生のおかげだったと思います。その時の息子の表情は、大変


らぎ、安堵感に溢れていました。自らが「自己決定」することが、


こんな大きな力になるのだ、ということも、改めて教えられま


した。


 私は、息子には学校に行けと一度も言いませんでした。それは、


彼のエネルギーが殆ど無くなっているのがわかったからで、これ


多分、時間をかけなければダメだろう…と腹を括ったからです。


 そして、私から息子に言っていたことが2つあります。


 1つは「あなたがどんな状態になったとしても、あなたがあな


自身であることは何も変わらないよ。」ということ。もう1つ


「世界中の全員があなたを批判したとしても、私だけはあなた


味方だよ。」ということです。


母親の言葉次第で、おそらく子どもの不安は相当軽減されます。


ですから、母親のサポートをしていくことも同時に必要だと思い


ます。


 そこで


(1)不登校の児童・生徒の実態と家族を含めた対応についての


ア、どのようにアプローチしていますか。不登校初期の段階で、


徒と親に対して学校としてはどのようにアプローチし、アドバ


イスなどを行なっていますか?


教室や学校に足が向かない児童生徒に対しては、面談や家庭訪


問、スクールカウンセラーとの連携を通して、校内に設置されて


いる適応指導教室や松戸市適応指導教室「ふれあい教室」につな


げ、学校学級復帰に取り組んでいます。更に家から出られない児


童生徒に対しては、県の訪問相談員や本市の「ほっとステーショ


ン」にいる松戸市版訪問相談員によるアウトリーチ型のアプロー


チも行っております。

 

イ、接し方について、教員に対する指導はどうなっていますか?


生徒が“人格を持った一人の人間”であるという認識はありますか?


不登校対策研修会や人権研修会、教育相談研修会を開催し、


事例検討会や情報交換を通して、教員の児童生徒一人ひとりを


大切にした教育相談力の向上を図っております。また、児童生


徒への指導や接し方の参考となるよう全教員向けの不登校支援


の情報誌を定期的に発行しております。


このような取り組みを通して、児童生徒が人格を持った一人の


人間であるという認識のもと、指導する体制作りを行っており


ます。

 

ウ、文科省の問題行動調査が平成2810月に発表されています


が、原因別の統計をどう捉えていますか?


国の平成27年度「問題行動調査」の結果から見える松戸市の


不登校の傾向といたしましては、人間関係や本人の不安感に起因


するものが多く、中学生の不登校生徒はやや減少しているものの、


小学生の不登校児童が増えつつあり、不登校の低年齢化が見られ


ます。また、病気を理由とした長期欠席が増えてきていることも


近年の特徴でございます。

 

エ、不登校の生徒数によって、教員の負担にも差があるのではな


 いですか?


各学校の不登校児童生徒数は年度や学年によって差がありま


す。


その時の状況に応じて、教育委員会としては不登校対策指導の


実のために、学校訪問を行っておりまず。また、県から不登


校対策推進校として指定された学校には、教員が1名配置され


るなど、学校の負担軽減対策を講じております。

 

 

オ、スクールソーシャルワーカー(SSW)・訪問相談員を設置


背景と、それらに期待するものとは何でしょうか。


不登校のみならず多くの問題行動の背景には、児童生徒が抱


ている生活環境、心の問題などが複雑に絡み合っており、学


校だけでの取り組みでは解決が困難なケースが多くなっており


ます。そこで、問題を抱えた児童生徒に対して、児童生徒が置


かれた環境に働きかけたり、関係機関とのネットワークを活用


したりしながら課題解決をる「スクール・ソーシャル・ワー


カー」を試験的ではありますが、今年度、本市中学校1校に固


定配置いたしました。 


これにより、本人及び家族に対する支援や社会的な関係機関と


連携がスムーズになり、児童生徒一人ひとりの生活の質を向


上させ、家庭環境や教育現場の安心感や安全性の向上が図られ


ることを期待しております。


実際、ソーシャルワーカーが配置されたことで、「学校職員と


連携がとりやすく、情報共有しやすい環境になった」「気に


なる児童生徒に対して、迅速な対応が可能になった」など、既


に、その効果の一部が報告されております。


また、訪問相談員には、家庭への直接的な働きかけにより低年


化した諸課題への対応、保護者の困り感に寄り添った迅速な


支援ができると考えております。

 

今後も、一層充実した不登校児童生徒やそのご家族に対する支


を実施するため、具体的な指導や家庭への働きかけ等を行う


とともに、学校が地域や関係機関と効果的に連携を図るための


体制作りにも取り組んでまいりたいと考えております。



2017年4月29日 (土)

政務活動費の報告書を提出して来ました!

平成28年度の政務活動費の報告書、提出期限ギリギリ間に合いまいした。
大変だったけど間に合ってホッとしました〜(*_*)


松戸市議会の政務活動費は

月々50,000円×12ヶ月=600,000円/年。

私は会派の活動に月々5,000円×12ヶ月=60,000円/年

移動していますので、私が使える政務活動費は、実質

540,000円/年

となります。

今回計上した政務活動費は

635,057円(95,057円の超過)

でした(今後チェックされて認められないものが出た場合には削除したりするので、まだ確定ではありません)。
「28.xlsx」をダウンロード


ところで、前にも書いたことがありますが、松戸市議会では、一般公開の前に、議員に対して公開し、市民から誤解を招きそうな政務活動費の報告が無いかどうかお互いにチェックをします。以前に悪さをした議員がいたので、議会内でこの方法を考えたそうです。他市で行われているかどうかは調べておらず分かりません。

例えば、以前は1万円の交通費までは領収書無しで落とせましたが、今は「領収書」「目的」「会った場所」まで明記させられるので、計上している議員は私と中田京議員しかいません(最も、私が計上したのは、市民センターとか公的機関に行ったものだけですからほんの一部です)。

事務的な書類が面倒で返上している議員が多いのは、良くないことだと思います。 実際、議員活動をしていると、5千円や1万円は交通費で使ってしまうと思うので、何かもう少し使いやすい、良い方法は無いものかと考えています。

不正を行った議員が明るみになる度に締め付けが厳しくなるので、保守系の議員たちは「政務活動費を撤廃して全部報酬にすべきだ」という主張をするようになるのです。報酬であれば、報告書は不要だからです。

しかし、それでは議員活動が全く見えなくなるので、それはそれで良くありません。

また、勉強会などに出た場合は、以前は資料の提出だけでOKでしたが、今では「写真」と「レポート」を提出します。行った証拠にSuicaの履歴なども求められます。これも、以前に架空の講演会に行ったことにした議員がいたからです。

しかし締め付けが厳しくなる一方で、「このままでは”議会に入りたい”という優秀な人材が来なくなってしまうのではないか?」という危機感を持っている議員もいるようです。

仮に若い人が議員になったとしても、生活保障は全く無いので、議員を辞めたら「唯の人」になってしまうわけです。ということは、結局怖くて議員を辞められないという現実もあるのではないでしょうか。

それにしても、議員に不正をさせないための、使いやすい方法…何か良い手は無いものでしょうか?一部の困った議員のために、真面目にやっている議員の方が面倒なことになるなんて、とても理不尽だと思います。


私は政務活動費では全く足りず、自分の報酬からもずいぶん捻出していますが、私にとっては議員活動であっても、政務活動費として認められていないものもあります。

例えば「郵送料」。
郵送料を充てる場合は、その中身を全て添付して報告しなければなりません。
私の場合、”増田かおると子どもの未来の会ニュース”や他のお知らせのチラシなども入れて郵送しますが、それは「政治活動」と見なされ政務活動費の使用が認められません。政務活動費は「調査」「議員活動の広報」などにしか使用できないからです。

郵送料は毎回10〜15万円ほどかかっているので、自分ももちろん出していますが足りず、皆さんからのカンパもありがたく使わせていただいています。

しかし…
議会の外から見ていた時と、議会に入ってからでは、感覚というか実態がまるで違っていて、そういう意味では貴重な経験をさせていただいています。

それにしても、議員の仕事は精神的にも肉体的にも大変だな〜と思います。40歳くらいの成熟した女性に出てほしいな!と思う一方で、誰彼構わず声をかけられないな〜とも思ったりしています。

2017年4月10日 (月)

初めての来賓挨拶

先日、中学校の入学式で、議員になって初めて来賓の挨拶の機会をいただきました。せっかくなので、母親として心を込めたいと思い、以下のような原稿を書き、何度か読んで頭に叩き込んだ…つもりでしたが、本番は上がってしまって汗

何とか主旨が伝わっていたら良いのですが。

………………………………………………………………

ご紹介いただきました、学区市議会議員の増田薫です。本日は、議長の深山能一議員、末松裕人議員もお見えですが、ご指名ですので、私よりひと言ごあいさつ申し上げます。

新一年生の皆さん、ご入学おめでとうございます。

私から皆さんにお伝えしたいことは一つだけです。

皆さんは、あるがまま、自分らしく歩んで良い、ということです。

中学校では、戸惑うことや緊張すること、失敗もあるかもしれません。けれど、例えどんなことが起ころうとも、皆さんが皆さんであること、自分自身であることは何も変わらないのです。

「ユニーク」という言葉がありますね。日本では「変わった人」とか「面白い人」をユニークな人と言いますが、本来の意味は「唯一の」とか「特別の」という意味です。

皆さんは、ユニーク:唯一の特別な存在です。

伸び伸びと、あるがままに歩んでください。

さて、保護者の皆さま、本日はおめでとうございます。

私も一応母親でして、まあそれほど良い母親ではないのですが、つたない経験から、中学生の子育てという点で、少しお伝えしたいことがあります。

一番お伝えしたいことは、

子どもを信じる”自分自身を信じる”

ことです。

思春期の子ども達は、反抗期でもありますし、色々なことが起こる可能性があります。親として試されることも時にはあるでしょう。

「うちの子大丈夫かしら?どうしちゃったの?」という親の不安な気持ちは、子どもに伝わります。そんな時には、慌てずにゆったり構えて、じっと観察してみましょう。親が「大丈夫」と思っていると、それも子どもには伝わり、安心します。逆に、何か魂胆を持っていると、表面で繕っても、子どもには見抜かれます。

しかし親の方だって、実は、子どもと一緒に成長している途中ですから、間違うこともあると思います。そういう時は、私は素直に謝まれば良いと思います。

もちろん、皆さんの子育て全部に当てはまるわけではないかもしれませんが、参考になさってください。

最後に、校長先生はじめ、教頭先生、学校を運営してくださる先生方にお願いです。

子どもたちは、人格を持った小さな大人です。

共に豊かな学校生活が築けますよう祈っています。どうか宜しくお願いいたします。

以上、私からのお祝いの言葉といたします。

2017年3月11日 (土)

卒業と誕生日と3・11

昨日3月10日は市内の中学校の卒業式でした。

私の息子も昨日で中学校生活はおしまい。

そして、同時に15歳になりました。

Img_5387_3

息子の誕生日が、今日3・11の前日なので、彼の誕生日のたびにあの時のことを思い出します。

週末に学童でも自宅でも、誕生日会をしようと計画していたのに、あの地震でお祝いは吹っ飛んでしまいました。

さらに原発事故が起こり、私は一気に市民運動を始め…、

少し落ち着いた頃に再度計画しようと思いましたが、材料が揃わず、延期に次ぐ延期…

結局、半年くらい後にやったんだったかな?



そんな息子は、1年生の2学期以降、学校に通えなかった、いわゆる不登校の生徒でした。

この間、私自身色々と迷いながらも、息子を待ち続けてきました。

学校に行けなくなった時、彼のエネルギーが空っぽに近い状態になっていると感じて、時間をかけて待つしかない、と腹を括りました。

2年以上経ち、最近ようやく回復してきたなと感じていました。

午前中は、一般の卒業式に、私が来賓として出席しました。

折に触れて息子のことを励ましてくれた、優しい友達にも心から感謝です。

みんな、ありがとうね。元気でね!

そして、午後に改めて「第二卒業式」に出席。

不登校になった生徒のために、学校が行ってくれるのです。

息子ともう一人、女の子とたった二人の卒業式(大勢の先生方に囲まれてちょっとプレッシャーだったけど)。他にも何人か不登校の生徒がいるようですが、出席できたのは二人だけでした。


Img_5391_2

でも息子は直前まで

「行きたくない」

と言っていました。

色々な感情が渦巻いていたのでしょう。

でも私は、行けば心の整理がつけられるのでは

と感じていました。

姉である娘が、ふと

「行った方が良い。ちゃんとサヨナラできるよ。」

と…。

うん。そうだ、私もそう感じていたんだ

だけど、何でだろう?

どうしてこんなに涙が出るんだろう

第2卒業式に出席していた、もう一人の女の子のお母さんと一緒に、二人で泣きました。

息子は、長いトンネルを抜けて、4月からは少しずつ自分の人生を歩み始めるでしょう。多分、もう大丈夫。

卒業、おめでとう。

誕生日おめでとう。


Img_0009_2

「旅立ちの日に」

https://www.youtube.com/watch?v=U7fRUcKX8Pk

いつか改めて「我が子が不登校になったら(仮)」というテーマで書きたいと思っていますが、今日はこの辺で。

2016年11月16日 (水)

選挙からちょうど2年です

今日は11月16日。
私にとって初めての選挙で当選してから、まる2年が経ちました。
ちょうど折り返しの日です。
まだまだ未熟者ながら、ここまで多くの皆さまに支えていただき、何とか活動することができました。
ありがとうございます!
あと2年、自分らしい活動をしていきたいと思います。
私の活動の原点は2011年の3・11です。
まさかの原発事故で、松戸市が放射能の汚染スポットになってしまい、私は同じ思いの母親を探し求め、繋がった、子育て中のお母さんたちと活動を始めました。
「子どもたちに健康診断を!」と、松戸市、千葉県、果ては国にまで訴え、要望し続けてきました。
そんな中、松戸市議会を傍聴しに行く機会がありました。
けれども、母親たちの切実な思いを、そのまま代弁してくれる議員を見つけることが、残念ながら私にはできませんでした。
議会に母親の声が必要なのではないか…最初はぼんやりそう思っていました。
放射能問題は根本的には国の問題です。
しかし国は責任を回避し続け、福島県以外の汚染スポットの対策をしませんでした。
この理不尽さを、国の在り方を変えていくには、足元から活動し、地域から変革していくしかない…。
そう、思いました。
市議会議員は、議員としては最も市民に近く、市民一人ひとりに働きかけることができる仕事ではないかと思い、挑戦することを決意しました。
今思えば、組織にも属さず、資金も無く、無謀な挑戦だったとは思いますが、多くの皆さんにご支援いただき当選させていただきました。本当に感謝しています。
これからの2年間も、ご支援いただいた皆さんのご期待に添えるよう、誠実に学び続け、自分らしく、母親の感性や女性の視点を生かしながら、議員活動に取り組んでいきたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします!
2016年11月16日  松戸市議会議員 増田薫

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