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2018年8月26日 (日)

講演会「ひきこもりの理解と支援について」に参加しました

ひきこもりの理解と支援について 主催:ひきこもり応援ネット

2018.8.25@みのり台市民センター第2ホール

 

第一部:講演「ひきこもりについて」聖徳大学 保育科准教授 檜垣昌也先生

 

ひきこもりとは?

2000年代社会問題化。ひきこもり元年と言われている。社会福祉法が成立。介護保険が始まる。児童虐待も社会問題化。

それ以前はひきこもりということ自体が伝わらない。

新潟少女監禁事件、てるくはのる事件、高速バス乗っ取り事件17歳の少年が犯人…

とても多くの若い世代の事件が起こったのが2000年と言える。

その報道の効果か?ひきこもり=怖いというイメージが起こる。

ひきこもりの定義が乱立した。

「終わらない思春期」斎藤環さんの本が売れた。

 

2010年代

「様々な要因の結果として社会的参加を回避し原則的には6ヶ月以上にわたり概ね家庭に留まり続けている状態を示す現象概念」

病気ではなく精神保健福祉の対象だと厚労省が定義した。

 

基本的には辞任していることが前提。家族との認識のズレがあることも。

支援のあり方:団体の特色に左右されることも。

 

当事者・家族が選び後悔しない方法は?

千葉県は全国に先駆けて不登校や引きこもりを支援する団体が多くできた県。

しかし保護者は自分たちに合う団体を探し続けて疲れ切っている現状がある。

 

支援をこばむ当事者について

家族がすぐに相談できない、偏見・スティグマ・恥の感覚・世間体・希望的観測…

家族の立場(家族会など)/支援者の立場(専門職研修)など、待つのか刺激を与えるのか。…なんで二者択一???

その場、症状、場合によって、考えて行けばいいのでは?

 

家族や周囲の人はどうしたらいいか?

答えは一つではない。

 

ヒントになるものは「家族の変容」…

子育ては誰がしているか?昔は大家族、今は核家族。

家族の形態が変わっているのに、それを加味した上で本当に家族の問題と言えるのかどうか?

 

生活困窮者自立支援法=地域において誰もが暮らしやすいまちづくり、

10年前には松戸駅前に路上生活者の方が居た。

八千代ひきこもりと共に生きる会の活動→隅田の会、松戸の夜回りも…人権を考える団体。

 

<ひきこもり>は「悪」か?

そうではない。

 

他の分野の方法からヒントを得ることも大事。コンサルテーション(他分野の方のお話:知見を自分の分野に活かすこと)も。

「生きづらさ」をキーワードにすると、たくさんの人が関われるのでは?

”べてるの家”の発信で注目された「当事者学」。

 

中年福祉で検索、制度的中年福祉=中高年の生き方、生きづらさについて書かれている。

 

私たちにできることとできないこと

・出来ないこと…専門的かつ緊急を要する支援。

・出来ること …無理なくその人を個別的に受け止め、「共感的」立場に立ちたいと考えること。黙って寄り添うことは出来る。

 

サポーターではなく”共に生きる”ことが重要。

 

ひきこもりの「根拠(エビデンス)」が必要。わが町に何人いるのか?どうなっているのか?

不登校情報センターのデータ分析でも「現状把握がされていないことが対策遅れの原因」と。

 

ひきこもりの状態像の判断、1人もしくは2人の地区社協の職員などが地域を回って把握している例=秋田県藤里町…人口が少ないから出来る

 

千葉市の例:千葉市町内自治会連絡協議会、1300世帯いるものと思われる、と…実態が反映できているのか疑問。

 

ひきこもりの高齢化。肌感覚では起こっているが把握ができていない。

 

「修復的対話」NPO法人RJ対話の会(埼玉県所沢市)

 

<ひきこもり>という言葉について

この言葉がなかったら、救われる人と救われない人がいるのでは?

 

ラベリング論として

非犯罪化=decriminalization、他者が貼るレッテル。

ひきこもりラベルを外してしまえばどうだろう?

レッテルを貼られた方は、開き直ると楽になる心理が働く。結局深みにハマっていくことになる…

 

ラベリングの過程

汎用コミュニケーション能力の規範化

利己的主義的尊個主義=個性の尊重と勝手主義個人主義

あなたのままで良いと言っても困る人間もいる

 

東北ボランティアに行き自分自身が変わったという若者が何人もいる。

南三陸さとうみファーム

 

助けてあげる・助けてもらう、ではなく一緒に楽しむ関係に。

 

*質問タイム*

Q1:ひきこもりになるまでの過程においてラベリングされてきたのではと思っているが先生はどう思うか。

A1:新ひきこもり。オタク

和歌山県田辺市でのひきこもり支援、市が支援している。精神保健福祉士や障害福祉士が関わり、生涯学習課が入っている。市長も発言し全国から注目されている。

 

Q2:出社拒否とひきこもり、登校拒否は同じと捉えて良いのか。サラリーマン時代に、1割が長期欠席者(出社拒否)がいた。先生自身の登校拒否もある。

A2:学校嫌い→登校拒否→不登校へ。怠学、という考え方。時代も変わってきたし、多様化しているし、家族も変容している。

 

……………………………………………………

第二部 支援機関、支援団体の紹介

 

1、福祉まるごと相談室

分野を横断した相談窓口。本年度4月からオープン。まだ相談は3件。様々な分野、様々な要因が絡んでいる事例もあるし、漠然とした不安、困ったら何でもここに相談して良い。聞き取りの中で支援先に結びつけて解決を目指す。寄り添う。

 

2、民生委員児童委員会協議会 小島加代子さん

ひきこもりの相談はほとんど無い。今日は不登校のことを。不登校となる問題は様々、多様化。学校だけでは対応しきれないことを協力して解決を目指していく。訪問拒否もあるが、感じているのは不登校による親の不安定、孤立化。そこを出来るだけ支えるように。

学期の変わり目で復帰できる児童生徒もいるが、市内に子どもの居場所、安心して行かれる場所がないことが問題。

 

3、社会福祉協議会 岩月さつきさん

地域福祉活動、地域福祉推進課では地域の見守り。ボランティア推進課では児童や高齢者対象の福祉サービス。生活をしていく中で困っていることをサポートするところも。最近学費の相談が増えている。一次的な支援をしている。

 

4、松戸市自立相談支援センター 中崎友之さん

市役所の中にある窓口。生活困窮者を対象にしている。ひきこもりの方に直接のサポートではなく、その先の生活支援についての相談を受けていく場所。福祉まるごと相談窓口などを通してこちらに繋がる場合がある。就職、住居、家計の問題等。

 

5、ユニバーサル就労ネットワークちば 鈴木由美さんの代理の方

自立に向けた準備のサポートをしている。個別で事情を聞き、適性検査をして自分に合う仕事の適性を見つける。料理をする、スポーツをするなどのイベント、プレ仕事体験。履歴書作成、面接のサポート。就職が決まった後も見守っていく。事業所に来られない場合にも対応。

 

6、松戸市基幹相談支援センターCoCo 桑田久 さん

市内在住の障がい者、または障がいの疑いのある方を対象に、相談を受けている。①家庭が安心できる場所になること(当事者自身も、家族も)、②家庭が落ち着いたら家族以外の人との関係作り、③家から出てみようかという気になったときの行き先作り。親子でひきこもりの家庭があり、家から出たくないが人には会いたいという。そこで月に一度その家に集まって飲食した例もある。

 

7、中核地域生活支援センターほっとねっと 今成貴聖さん

障がい、ひきこもり等に関係なく、あらゆる方の相談に乗っている。緊急時対応は限定的だが、基本的に24時間受け付けている。複合的な要因を抱えている家庭が多い傾向。ニーズの把握、問題の整理、支援先、共有。社会資源の活用をコーディネート。629人中124名がなんらかのひきこもり(24.5%)だった。当事者(本人)からの相談は少なく、家族からの相談がほとんど(自認していない)。社会適性しにくい場合、共依存もある。電話、SNS、手段は何でも。

 

8、NPO法人 土曜会  福良 登さん

50年ほど前に設立された。精神障害者の地域活動支援センター3型として活動。一歩を踏み出す人の場だが、精神障害者で一歩を踏み出せる人はとても少ない。親も子も地域で孤立していることが多い。薬物療法、過剰投与の問題もある。社会現象として捉えられる場合も多いが、福祉制度の問題も大きい。親の心配は、自分の亡き後の子どもの問題。生活支援制度はほとんど無いと思っても良い。何がひきこもりの脱却を困難にしているか、こそが問題と斎藤環先生はおっしゃっている。

 

9、不登校問題を考える東葛の会 ひだまり 平井幸子さん

元教員や不登校の子を持つ経験のある親が発足。大学生ボランティアや世話人が水金日の午後5時まで子どもたちを受け入れている。トランプゲームや本を読むなどして過ごす。外出イベント年数回。不登校になると、子ども自身も辛いが親も辛い。親の会は月一土曜日。親が元気にならないと子どもが元気にならない。親同士が心を軽くし、学ぶ場を。家庭を受け入れる場、安心できる居場所にしていく。少し子どもが元気になると外に出たくなる場合も。その居場所がひだまり。的的な農作業、ひだまりカフェ。時々講演会。

 

10、ひきこもりの会 よっといで! 服部眞理子さん

子どもが中学校2年生の時に不登校に。親同士、愚痴を言い合っていた。そのおかげで心が軽くなった。そして親の会を設立。子どもや親の年齢に関係なく話せる場が欲しいとひきこもりの親の会とした。目指していることは「ちょっと寄ってみるかな?」という気楽な場。同じ問題を抱える親同士が話し、自分は1人じゃ無いと思うことが大事では。子どもとの関係性にも変化が起こる。子どもとの良い関係を作り直す。

 

 

 

*感想*

 

講演は面白かったけれど、ひきこもりの具体事例や、社会的な捉え方、もう少し詳細に聞きたかったです。制度の不備は何なのか、どんな人が制度の隙間にいるのか、など具体的に知る機会を期待してきましたが、その点ではちょっと期待外れでした。

しかし、こんなにたくさんの機関、団体があることが分かり、とても良かったです。これらがもっと連携していかれたらと思うし、周知していきたいと思いました。

 

誰にでも起こりうる可能性がある、不登校やひきこもり。私には、不登校やひきこもりの彼らが、社会の生きづらさを身を持って体現しているように思えて仕方がありません。

 

不登校やひきこもりは、第一には家族の理解が不可欠です。その次に子どもが一番関わるところ、主に学校の理解。それから周囲の理解でしょう。知ったように思い込むのではなく、当事者や家族の声に耳を傾けてもらいたいと思います。

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