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2019年2月26日 (火)

却下された陳情

【却下された陳情】

 

松戸市3月議会に市民から陳情された3件の陳情は、すべて「審議しない」と、先週の議会運営委員会で決まりました。

 

うち2件は、矢切の耕地に関連するもので、開発賛成派と開発反対派の双方から提出されたものです。

物流施設が計画されている矢切の耕地は市街化調整区域であり、第1種農地。松戸市が許可を出さなければ建設できません。松戸市は、2020年に切り替えを迎える“都市計画マスタープラン”を策定中のため、判断を避けたと受け止めています。しかし、矢切の耕地について議員同士で話し合う良い機会だと思ったのに、と思うととても残念でした。

 

もう一つは、松戸市が市施行で検討している、新松戸東口の区画整理事業に反対する地権者から提出されたものです。

「同様の議案が提出されている場合は、陳情は受け付けない」ことになっているそうです。

しかし、対象の半分近くを所有しているこの地権者はこれまでに「条例の上程をしないで欲しい」と市長にもまちづくり課にも訴えていたのにガン無視された形です。そもそも、地権者に合意を取り付けてから議会に持ってくるのが筋なんじゃないでしょうか。

反対している地権者の方は、100年も新松戸駅東口に暮らしてきた大切な市民。市は人の土地を使って区画整理事業をするのだから、丁寧に慎重に進めて欲しい。ちなみにこの反対している地権者は、区画整理事業の対象とちの50%近くの土地をお持ちです。

これを無視して進めることを、まさか議会も承認するつもりなのでしょうか。

2019年2月 5日 (火)

「学校の当たり前」をやめた麹町中学校

テレビを始めさまざまなメディアに取り上げられている、千代田区麹町中学校の視察に行ってきました。とても楽しみにしてました!期待以上のお話が聞けて大満足。松戸でも独自の教育改革が始まったら、素敵なのになあ~…

視察は各地から70~80人が集まっての合同視察(!)というもので、これでも減ってきたのだそうで、いかに注目されているか分かりますね。1時から始まった視察は、質問や感想が4時を過ぎても終わらず、私は後ろ髪を引かれる思いで会場を後にしました。

以下、長いメモ書きですが、良かったら最後までお読みください。

……………………………………

当たり前をやめた学校 @麹町中学校 2019.2.4

お話 工藤勇一校長

とてもゆるい学校なので、印象が全く違うと思う。

子どもたちは上になるほど先生や大人が好き。これだけは自慢。

今、経産省実証事業の実験校になっている。「キュビナ」AIで教える授業、誤答・回答までの時間とか分析してくれる。授業時間がとても短くなった。

しかし授業は全く面白くない。何もストーリー性が無い。しかし成績は伸びる。子どもが質問する。

キュビナは都立高校までしか追いついていないため、高学年は対象外。比較すると非常に良く違いがわかる。高学年は思考する時間が長いはず。

(ここで校内を少し見学)

キュビナを使った1年性の数学の授業

ここから改めて工藤校長の講義

「学校教育の在り方を本質から問い直す」

自己紹介。山形と東京の教育環境の違いがあまりにも大きく、それが改革のきっかけだった。家庭の事情で上京したが、あまりにも楽しい日々で、東京には本当に来たくなかった。

びっくりすることの連続だった。山形で禁止されないことが東京ではことごとく禁止。わけがわからなかった。山形では教師が生徒から一目置かれている感じがしたが、東京では生徒が教師を見下しているような感覚がした。山形では修学旅行は「旅行」で、ずっと遊びっぱなし。漫画オッケーだから新幹線の中で生徒はみんな漫画を読んでいた。けどこっちに来たら全てが学習。事前学習だらけ。誰も読まないのに作る新聞、家で勉強しないのに置き勉禁止…

東京では教師がとにかくうるさい、叱る。校長の話を聞くときには直立不動。貧血で倒れるのは分かっているのに。

 

 ここに赴任した時、生徒活動を中心とした自治活動は皆無だった。今は全く変わった(教師も生徒も保護者も同)。生徒が学校経営に関わっている。中学生離れした経営をする。

 業界人を招いた特別授業も盛ん。マインクラフトの社長の授業も決まっている。マスコミ、シェフ、カメラマン、映画監督…

 脳科学者の青砥瑞人氏の講義によって、教育の在り方を考えていった。

 大学の法学部と合同授業、この日は「裁判員裁判」。

 近くにあるビオトープ。yahoo前社長の宮坂さんと一緒に蛍を放つ。自然に羽化した。

 大学生による塾運営。大学生に全て任せる。バイト代だけ(区だから)。「成績アップが目的では無い、好きに教えてよい。」と伝える。

 年間2ヶ月しか使われていなかった室内プールを週4回プロに頼んで開けている。

 生徒による購買部経営:EYJapanの協力による。応募、面接、採用、全て会社が協力。

 5階の庭園、生徒が出られなかったが、出られるように変え、農園を作っている。

 小テストは自己採点、教師は見ない。それらのレベルが上がると単元テストのレベルが上がる。宿題をやる必要がない。子どもの自主性に任せている。

 固定担任制の廃止→全員担任制(チーム教育)

 これをやると全国の学級崩壊は無くなるのではないかと思う。大抵は教室の原因を担任教員のせいにする。それは子どもにも伝染する。言うことを聞かない。悪循環。今年度1、2学年、来年度は全学年が全員担任制に。

 相対はダメ。テスト結果の平均を出すのは何のため?

 子どもや保護者とコミュニケーションが取れない教員は今の教育界では生き残れないが、比較をできないようにしたら教師自体も落ちこぼれないし、変わった。

 一人の生徒に対し、担任全員が毎日一言声をかけた。一声と言っても「やあ」と簡単に。1週間で生徒の様子が変わってきた。みんなが驚いた。「君を気にしている、好きだよ」というメッセージを伝えるだけ。

 生徒の姿勢を叱らない、例えばだらけているとしても、それには理由があるから。

 指定カバン(2万円)、指定ローファー、廃止。自由にした。教師も生徒に服装を叱らない。荒れるのはきまりのせいじゃない。

 年初の研修では「叱り方」をやる。「人権を傷つける事だけはしない」と。

 学校の目的

 人が社会の中でよりよく生きていける

 より良い社会を作る

 教育の目的は「人格の完成」だが、誰にでもわかる言葉に。

学校はなぜ必要か?人と人、人と社会、コミュニケーション

人と人とが繋がり社会の中で生きていくための言語活動が必要

カリキュラムをこなすことが教育では無い!←学校の勘違い

学校の機能で注目すべきポイント

何を教えて、

どう教えるか

これまでは教師からの目線→これからは”学習者からの目線”に変える

<寺子屋>

1、カリキュラム→読み書きそろばん

2、学び方・教え方→自学・学び合い

小中高では常に受け身、情報を受けるだけ、それでコミュニケーション能力が付くの?

学びは生き方に通ずる。誰もが同じでは無い。

学校のあるべき姿

1、現代社会にマッチしたカリキュラム

2、個別の学び・双方向型の学び

プラスICTテクノロジー(アクティブラーニングなど)

画一的な教育から多様な教育へ、と言いながら実は画一的な教育がされている。文科省に度々進言しているが何も受け入れられない…

手段の目的化をスクラップ!

教員が手を出しすぎ。きめ細やか?だめ!

「働き方改革」なのに勉強時間が増している。相反することを成立させようとしているなんて矛盾しすぎている。

相対評価から絶対評価になってから、ノート点検と宿題が格段に増えた。

例えば全体計画は提出義務だが、明らかに誰も参考にしていないのに必要なのか??無駄だらけがいっぱい。

学習とは、わからない が わかる になること。

子ども自身が見つけ出すこと。方法は色々あっていい。読むだけ、書くだけ。自分にあった学び方を教える、支えるのが教師の役目である。

 運動会の目的って?

 集団行動?協力・団結? これって戦争中に発展したこと。

 

美術・音楽・体育は一緒の友達であるべきもの。成績を付けるものでは無い。

その子ができるようになるまで黙って支え続ける。絶対に叱らない。ヤングアメリカンが実践してくれた。それが本当の教育ではないだろうか?

運動会は全て生徒会に投げた。条件は「みんなが楽しめる運動会」に。しかし競争がなくなるわけではない。

手段(目的)にこだわっている!

授業毎に10点、普通に授業を受ければ9点、授業を受けず他のことをする・寝ている=4点、学び合いを邪魔すれば0点、これは全て公開されている。選ぶのは子ども自身。授業をとっくに理解していて詰まらないと感じている生徒は小説を読んだりしている。

修学旅行前はJTBがレクチャーに。旅行会社ならではの魅せ方・取材の仕方を学ぶ。修学旅行が終わった後の報告集は広告会社並み。

年に一度、鎌倉に写真を撮りに行く。その前にカメラマンからのレクチャーを受ける。子どもたちの関心が非常に高い。

文化祭はじめ、合唱コンクールはやめた。

4年前から合唱コンクールをやめてほしいと言い続けてきたが、子どもたちに結論をゆだねていた。自分からは「文化祭(芸能)の目的は観客を楽しませること」だ、とだけ伝えた。

子どもたちは「勝つことが目的じゃいけないのでは?」と気づき、止めようと決めた。今では文化祭でJpop、Kpopを会場全体で楽しむ文化祭に。

5年で変わると言われる世の中なのに、学校は対応能力がない子どもを生産し続けている。学校教育の中では相変わらず「忍耐・礼儀・協力」などが強調され続けている。

自分で考え

自分で判断

自分で決定

自分で行動

できなければこれからは無理だ。

自律

手をかければかけるほど生徒は自律できなくなり、うまくいかないことを人のせいにする。だから自分で考え、自分で判断し、自分で決定し、自分で行動することが重要。

経験を通して繰り返し実現できる力(コンビテンシー)を身につけさせていく。

メタ認知、俯瞰的に見る訓練をする。コミュニケーションでは重要。人の感情を予測する。

「全員リレー」をやめたときのエピソード

アンケートでは9割がやりたい、という結果。

でも生徒たちは考えた。リレーをやったら1割の子が苦しむ。リレーをやらなかったら9割は…?別に苦しくはない。じゃあ、1割の子のために全員リレーはやめようよ、と。

これは民主主義だ。

「ガッツがあれば、根性があれば、できるんだ、お前はそれが無いから出来ないんだ!」…日本の教育の典型。理性的に考えれば違うのに。

給食委員会いらないんじゃね?という生徒。「1年間係やってもいいわオレ。」それで給食委員会に意見を提案、各クラスを調査、良いよと言う生徒が各クラスに6人ほどいることがわかった。しかし中には少数のクラスがあった。生徒は一番多いクラスから人を貸すことにして一件落着。

Q:不登校の子が通うフリースクールがヤングアメリカンを導入したりしているが、麹町中に取り入れたきっかけは。

→自分が移動した後に継承できる仕組みを考えた。教育委員会は嫌いだったが、校長にならないと出来ないことがあったし、なるためには教育委員会を知らなければならなかった。予算要求、議会の仕組みと構成、身につけたスキルを活かせると思った。

年初のオリエンテーションでは、絶対に叱らない、褒める、認める。

ヤングアメリカンを取り入れると生徒は全く変わる。人それぞれの挑戦がある。全員が参加しなくてもいい。見ているだけの挑戦も。踊ることも。予算は400万円ほど、これだけは予算がかかる。

脳神経科学によると、安心・安全の中にいると人は挑戦しようとすることがわかっている。逆に不安の中にいると挑戦できない。

Q:教育予算が重要では

案外かかっていない。意識は大きく変えた。

修学旅行は旅行会社のプレゼンを受ける、子どもと保護者が選ぶ。最近多い手法。

同窓会がバックアップする方法もある。

Q:どんな卒業式か

入学式・卒業式では校長のプレゼンをする

挨拶は生徒の送辞だけになった

Q:教師自身が一番柔軟性が無いのではないかと思うが

→教員は全員”勝ち組”なので、意識を変えるのはとても難しい作業。テストを無くす時は大変だった。十分な合意形成が必要。

Q:校長の運営方針に反対する教員をどう付き合ってきたか

→保護者との重いトラブルはほとんど自分が対応した。自分が対応を見せることで認めてくれたかもしれない。臨時保護者会が3回ほど開かれたが、その都度自分が全て対応した。包み隠さず、が伝わったのかもしれない。

…………………………………………………

<感想>

公立中学校でもここまで意識や制度の改革ができるのだと知り、また、実践と学校の変化に深く感動しました。

「このままでは学校は崩壊する」と工藤校長はおっしゃる。

私もその通りだと思います。

一方で、工藤校長は「改革は教育委員会にはできない。学校現場にしかできないことだ」とも。

昨年度の不登校児童生徒は全国14万4,000人、松戸市では486人、どちらも過去最多です。学校は、子どもにとって、もしかしたら教員自身にとっても、面白く無いところになっているのではないでしょうか。

中学校の時に不登校だった私の息子は、滅多に文句を言う子ではなかったですが、たった一度だけ「だって…学校つまらないんだもん。小学校はまだ我慢できたけど中学校はツラい。」と言ったことがあります。

でもそれを聞いた大人は、大抵「人生なんて面白くないものじゃない?」と言う。本当にそうだろうか?外国ではもっと人生を謳歌しています。楽しむことが「悪」のような日本の感覚はそろそろ変わっても良いと思います。

子どもたちは大人を見ています。「この決まり、何のためにあるの?」目的が明確でないことを強いられる時、子どもたちは上っ面を学んでしまうのです。大人の責任は大きく、特に学校の在り方は、子どもたちのその後の人生に大きく影響を及ぼします。

人生は短いのです。私たちは、もっと自分らしく人生を楽しんで良いし、豊かに生きて良いはず。そんな国になってほしいです。

工藤校長は定年前の校長だから思い切った改革が出来たのかもしれませんが、松戸市でも学校の改革が出来たら良いなと思います。小さなことに囚われず、大らかな教育環境に、いつか変わることを願います。

2019年2月 2日 (土)

都市計画審議会でのできごと

(編集するたびに字に色が付いたりアンダーラインが引かれたままになったり、どうしてなのか分かりません…読みづらくて申し訳ありません。)

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21日の都市計画審議会(都計審)についての簡単報告と、会議の後に起こったできごとを記します。私の心象が悪くなっただろうなと思っていますが。

(都計審は、都市計画法に基づき、都市計画にかかることは審議会を通さなければならないと定められている機関です。)

………………….
議案は5つですが、大きく矢切のことと新松戸東口のことでした。
1号議案、松戸都市公園の変更について(矢切の渡し公園)
 Q1:観光拠点の一部として審議するのかどうか。
 A2:切り離して都市公園として考えていただけたら。
 Q2:まちづくり委員会との位置付けはどうなるのか。
 A2:答申を参考にしていきたいと考える。
 (増田)昨年3月の予算委員会で公園は賛成しているので準ずる。公園の詳細はこれからということだが、矢切は田舎っぽさが残っているからこそ価値がある。その特性を活かした公園を検討してほしい。(有識者の秋田委員からまちづくり委員会の答申にも触れて矢切を活かしていくことの意味を発言)

採決の結果、賛成多数で可決。

2号議案~5号議案
 Q1:昨年度9月議会に条例案が上程されたが、少数ではあるが多くの土地を所有している地権者が反対しているとの話があり継続になっている。前提として、反対していた地権者が賛成したとか、変化はあったか。用途変更は区画整理事業が前提となるものだと思うが、今日の都計審に議案がかけられることを地権者には伝えたか。
 A1:これまで同様丁寧に説明している。昨年度の説明会において流れは説明している。
 (増田)最初の質問に対する答えが今ひとつ判らず…変化は無かったものと受け止める。流れを説明した、と言っても一般市民にはわかりにくい説明だと感じた。
Q
2:都市計画を審議する場といっても、どうしても背景を考えないわけにはいかない。少数ではあるが反対している地権者は全体の50%ほどの土地を持っているわけで、その合意を作ってからあげるべきではないのかと思うが。
 A2:区画整理事業の要件となるので必要だと考えている。

採決の結果、賛成多数で可決。

……………………

そして最後にビックリしたことがあります。私からすれば、それは事実無根の話だったのですが、あの時にすかさず「違います!」と切り返せなかったのは、議員としてはまだまだだなー、と反省しています。

今回審議された議案のうち、第2~5号議案は、新松戸東口の駅前にかかる区画整理事業に関する用途地域の変更でした。

地権者の中には区画整理事業に反対している人がおられ、地権者全体における人数は小さいのですが、その方々が持っている土地の面積が大きいのです。

反対している地権者の方に、都市計画審議会で用途変更が議題に上がることについてご存知か尋ねたら「何も聞いていない」とおっしゃるので、幾ら何でも地権者が知らないところで進めるのはまずいだろう、と私の仲間の人たちが急遽市民団体を作って、審議会の委員になっている議員に対し「松戸市に対し、地権者と話し合ってほしいと発言してください」という旨のFAXを送りました。

連絡先は、私が大変お世話になっている、市民団体の拠点です。

審議会の議案審議が終わった時、ある議員がそのことを取り上げて

「昨日各議員にこんなFAXが届いた。FAXに書かれていた連絡先にかけて『そこは増田薫事務所ですか』と聞いたら『そうだ』と答えた。都計審の情報には漏らしてはまずいものもあるので慎重にすべきだ」と発言したのです。


私には事務所は無いので「変だな?」と思いましたが、ポカンとしていたら会議は終わってしまいました。その時にすかさず「私には事務所無いですよ」と切り返せなかったのは、議員としてはだめですね~…。
このおかげで、審議委員と行政に、私は心象を悪くしたでしょう。

ただ、都計審は基本的に公開されているところなので、情報を秘密にするのはおかしいと思う部分はあります。


その後、その議員のところに伺って、少し話をしました。

彼は私のホームページのコピーを出し、指差して「この電話番号ですよね」と。
選挙の時に、選挙事務所を構える前に、暫定的な連絡先としてその市民団体号の連絡先にしていたのですが、そのまま直していませんでした。情報の出し方には気をつけた方が良いですよ、と彼は忠告してくれました。そのことは感謝しますが、会議の場でわざわざ言ったことには狙いがあったのかなと思います。


まぁ、審議会の場で私をやり玉にあげたその議員のやり方もどうかな~と思いますが、こちら側もホームページを直していなかったし、電話を受けた人が「増田事務所だ」と返事をしてしまったし(確認したら、自分の名前は名乗らず『増田薫さんの後援会ですか』とだけ聞いてガチャっと電話を切られてしまったそうです)…
双方過失があったかなぁ~と思います。

まぁ、悔しかったですが、色んな意味で教訓にもなりました。

 

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