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2019年5月 6日 (月)

松戸憲法記念日に参加してきました

毎年5月3日に開かれる松戸憲法記念日のつどい、今年は珍しく3日は市民会館ホールがふさがっていたらしく、5日になりました。

お話は元文部科学省事務次官、前川喜平さん。軽快で柔らかな語り口、すっかり引き込まれて、あっという間の2時間でした。

前川さんのお話ならもっと聞いていても良かったなぁ〜。

憲法に保障されている「個人の尊厳」=誰もが大事にされる、ということが、大きな危機なのだなと改めて思いました。

日本国憲法前文は格調高く、広い世界観に立っていて本当に素晴らしい文章だと思います。特に平和憲法と言われる所以である9条は世界の宝もの。大切に未来につなげていきたいです。

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前川喜平さんのお話 2019.5.5@松戸市民会館ホール


安保法制の時「いくらなんでもおかしい!」と思い、SEALDsの若者たちとコールした
他人のケンカを買うのが集団的自衛権、おかし過ぎる、余計な怨みを買うはず。
アメリカと共に戦争する=世界中と戦争するという意味
安倍政権は戦前回帰思考、昔の國體(こくたい:国家の状態=国柄)である。
元号について、令和を“beautiful harmony”と説明した安倍さん。和=日本のこと、実は「美しい日本」という意味なのではないか?
国柄、と説明した安倍総理、もはや国柄という言葉は死後だ。日本国憲法は人類普遍の原理なのだ。
過去の戦争で戦争は違法行為だ、と学んだ。「武力の行使」「武力の威嚇」どちらもやらないことが国連憲章に盛り込まれた。日本はそれをいち早く日本国憲法に取り入れた。
天皇を神と崇める思想の国家観、國體(こくたい)とはそういうものから来ている。「こういう国に仕えられる国民は幸せである」「国民よりも国が大事である」という国家観に基づいている。

憲法になぞり教育基本法に保障されていた「個人の尊厳」。改定後はバッサリ無くなり、教育は法律で定められるもの、未来を切り拓く教育へと変わった。
名古屋市で講演した時、政治家が介入した。教育を犯す行為だ。名古屋市教育委員会は毅然と対応した。

憲法を犯すような動き…例えば道徳教育、性教育。
性教育については、すでに判例が出ている。
2011年、七尾特別支援学校の事案。
知的障害の子どもに対して行った性教育。自分と他人の違い、自分を大切にすることを、手作り教材を使って教育していたが、ある都議が取り上げて非難した。
判例では「教育に対する違法な行為だ」と賠償命令。また「政治からの介入があった時、教育委員会は拒否しなければならない。その義務を怠った。」と都の教育委員会にも賠償責任があると判決を下した。
安倍総理たちは歴史"修正"主義者じゃなく歴史"改ざん"主義者であろうと思っている。

2006年、安倍さんが総理に。忖度した文科省は教科書検定を捻じ曲げた。やってはならないことだった。それ以前は検定を通っていた「沖縄戦」の内容を通さなくした。沖縄県では大きな集会が開かれた。
翁長知事が「イデオロギーよりもアイデンティティ」と変わったのはこの時。

「忖度」はあらゆる場所で起きている。例えば9条俳句の展示取り止め。
中立性、という言葉は安倍政権に都合よく使われている。メディアも萎縮している。
しかし「嘘つき」と「真実」で、中立性は成り立たない。

道徳教科書に「お辞儀の仕方」が載っている。①同時に挨拶、②挨拶してからお辞儀、③お辞儀をしてから挨拶…正解は②。これが本当に大事なことだろうか。

個人の尊厳が守られていない今の教科書、非常に危険だ。
国家は憲法を侵してはいけない
次の教育指導要領の改定時に「天皇を敬え」と入るかもしれないと疑っている。


アメリカのホロコースト博物館、政治学者ローレンス・ブリット博士による『ファシズムの初期の兆候』が書かれている。


・強力で継続的なナショナリズム
・人権の軽視
・団結の目的のため敵国を設定
・軍事優先(軍隊の優越性)
・はびこる性差別
・マスメディアのコントロール
・安全保障強化への異常な執着
・宗教と政治の一体化
・企業の力の保護
・抑圧される労働者
・知性や芸術の軽視
・刑罰強化への執着
・身びいきの蔓延や腐敗(汚職)
・詐欺的な選挙

これって、ほとんど安倍政権に当てはまるのではないか!?

阿部自民党の憲法案26条3項には毒が含まれている。
安倍政権が設置している給付型奨学金のワナ:給付型奨学金を受ける条件に、進学先の大学が指定されている。産業界に都合のいい大学。

しかし、国の利益にならない学問があっていいのである。

ユネスコ憲章全文には、「戦争は人の心の中に生まれる」ことが書かれている。
http://www.unesco.or.jp/sanda/kensho/
ドイツとフランスは歴史教科書を共同で作っている。お互いを理解し合おうとする試み。

加計学園、四国で今治市だけ広島県とセットで特区になっている。おかしいでしょう。

学力テストとは、新自由主義的な考え方、競争させよう、成果主義を教育に入れようという動きだった。実は当時、文科省官僚の多くは学力テストには反対だった。学力テストは子どもをダメにする、という考え方が代々受け継がれていた。抽出テストで十分、今でもそう思っている。

学力テストは強制ではない。
愛知県犬山市は加わらなかったが、文科省からは何も言っていない。
学力テストを行うかどうかは、各教育委員会で決められる。

質問タイムより1点
Q:学力テストについて、やらなければならないのか?
A:地方公共団体法上、自治事務、法定受託事務が発生する。
学校教育は自治事務、自分で決めていい!
文科省は法律に定められた範囲内でしか指導できない。

 

2019年5月 1日 (水)

2019年度予算に対する怒りの討論

この予算に会派として賛成したことは、正直、眠れないほど悔しかったのでした。

でも結果的に賛成してしまったことを今更足掻(あが)こうが、どうすることもできません。

「一部に反対だから全体に反対するのはおかしい」という意見。

「一部に反対だからこそ全体には賛成できない」とする意見。

私が議会にいる意味とは?政策実行フォーラムが議会で果たすべき役割とは?

まだまだ議論が必要です。

 

動画はこちら↓
http://smart.discussvision.net/smart/tenant/matsudo/WebView/list.html

 

討論全文はこちら↓

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みなさまこんにちは、政策実行フォーラムの増田薫です。

 

議案第51号平成31年度松戸市一般会計予算、議案第52号平成31年度松戸市国民健康保険特別会計予算から、議案第58号平成31年度松戸市水道事業会計予算、議案第60号平成31年度松戸市下水道事業会計予算については賛成、議案第59号平成31年度松戸市病院事業会計予算については反対、の立場で、会派を代表して討論いたします。

 

平成31年度松戸市一般会計予算について。

 平成31年度一般会計予算は、前年度比約84億1千万円、約5.4%増、過去最大の予算額となりました。住宅の着工件数の増加に伴い固定資産税は約1.2%増、市民税は約2.3%増ですが、内訳をみると法人税の方は0.9%のマイナスで、昨年4月の法人税改定が影響していると思われます。

 今回の予算審査にあたり、この数年、次々と大型事業が打ち出されてきた大型事業について、本市がどのように考えているか、に注目し、審査に臨みました。

 松戸駅周辺まちづくり基本構想の新拠点ゾーンや矢切の観光拠点、千駄堀新駅構想に加えて、新松戸東側地区都市区画整理事業。これまでに幾度となく「優先順位はどうなってるのか」という問いが、議会から投げられてきたにも関わらず、本郷谷市長は示そうとしてきませんでした。しかし今回、議会から再三要求されたことから、ようやく、施政方針に対する代表質問の”後”になって、今後の大型事業の概算がようやく示されました。しかし、この振る舞いは、議会を軽視している、と言わざるを得ず、非常に遺憾です。

 説明資料によると、それらの起債予定額は、新拠点ゾーン266.1億円、新松戸東側地区区画整理事業31.1億円、クリーンセンターの清掃施設整備事業債が128.9億円、本市の借金はきっちり予定通りでも、合計426.1億円になります。このうち一つでも予定が狂った場合、その他の事業に影響しかねません。もしそうなった場合、その責任を一体誰が取れると言うのでしょうか。市長が、その点をどう考えているのか、全く分かりませんでした。

 予算審査特別委員会の初日、市長は大型事業の優先順位について、3つの事業、すなわち「新拠点ゾーンのうち市庁舎移転」「クリーンセンター」「新松戸東側地区の区画整理事業」にまずは取り組んでいく、とおっしゃいました。高度成長期に急激に発展した本市は、街全体が古くなり、開発するには狙い目でもあるのでしょう。新拠点ゾーンと新松戸東側地区区画整理事業に象徴されているように、本市は都市間競争に乗り出したのだと受け止めています。しかし、日本の人口はすでに減少に転じており、生産年齢は2050年までに3,500万人減少します。それなのに、政治が行われるスパンが、とても短くなっていることを大いに危惧します。本市のこれら大型事業が、長期的に見て本当に持続可能なのか、そのような視点で慎重に審議したのか疑問が残ります。本郷谷市長は、これら大型事業が竣工するまで市長として松戸市の行く末を見守ることができるのですか?果たしてその責任を取ることができるのでしょうか。経済が縮小していく可能性を視野に入れながら、様々な視点から、慎重に検討すべきだ、と私たちは考えます。

 

 一方、公共施設再編課の存在意義は何でしょうか。

 「松戸市公共施設再編整備基本計画(案)」の”目的”によれば、公共施設等総合管理計画における将来更新費の試算では、公共施設の改修・建て替えに必要な財源が不足する見通しであることから、公共施設の再編整備の推進により総量の最適化や公共施設の適正配置を図るとともに、将来的な財政負担の縮減と平準化を図ることとしています」とあります。

 将来的な税制負担の縮減と平準化を図るために公共施設を再編する、と言いながら、一方では次々と大型事業を打ち出していることの、一体、どこに整合性があるのか理解できません。

 平成30年度版「財政のあらまし」には以下のように書かれています。

 「松戸市を取り巻く財政環境は今後、厳しさを増すことが予想されます。当市が健全財政を維持しつつ新たな市民ニーズに応えていくためには、限られた財源を有効に活用し、施策の選択と集中を適切に実施していくことが一層求められます」「今後、まちを再生し、賑わいのあるまちづくりを進めていく中で、投資的経費の増加が見込まれますが、長期的な視点での財政負担も考慮しつつ、最も経済的・効率的な整備手法を用いるなど、適時・適切に対応していく必要があります」。

 本当にそのようになっているのですか?何かを選択したら、または大きく投資するなら、何かを削る、減らす努力をすべきではないでしょうか。

 

 さらに、一般会計予算で気付いた点を少し加えますと、総務費の文化の香りのする街構築事業のドイツ管弦楽団の費用800万円は非常に違和感がありました。中学生とのコラボ自体はとても良い発想だと思いますが、商店街や市民団体の継続的なまちづくりイベントへの予算に比べて、一回のみのイベントに多額の予算が付けられているのはいかにもバランスが悪いですし、中学生と関わりを持たせるというのであれば、教育予算ともすり合わせが必要だったと思います。また、事業の性格から考えても、どうしてクラシック音楽なのか?なぜ「この」管弦楽団だったのか?その根拠は非常に曖昧だと感じました。さらに、予算審査が通る前にポスターが貼ってあったのを見た人もいて、非常に軽率な行為である、と強く抗議します。それから、予算審査のうち2日間も市長が不在だったことも、遺憾です。

 本市は、シティプロモーションのために、質はさておき、特に子育て政策を大きく打ち出し、駅前の開発に大きな予算が投じられる様(さま)を見ると、市民生活が良くなっているような実感が得られない中、本来の政治の役割とは一体何なのかと、様々な角度から考えさせられた予算審査でした。

 

 私たち政策実行フォーラムとしては、平成31年度一般会計予算に対し、新松戸東側地区区画整理事業に関係する予算、千駄堀新駅に関する調査費、水陸両用バスの実証実験の予算を削除する修正案を提出しましたが、残念ながら否決されました。それで、修正した部分を含めた原案に賛成するか否かを決めなくてはならなくなり、会派内でギリギリまで話し合った結果、大型事業以外の各予算の中には、我々会派からの提案・要望に沿っての予算も含まれており、そうした、予算全体のバランスを考え、大変に忸怩(じくじ)たる思いではありますが、賛成することとします。しかし、決して手放しで賛成するものではない、と言うことを強く申し述べておきます。

 

 その他の特別会計、事業会計については、概ね目的に沿っていると判断し、賛成します。

 

 最後に、その議案第59号病院事業予算ですが、反対討論をさせていただきます。

 反対理由の一つ目として、特殊病棟を中心とした36床が開設されないことを挙げたいと思います。NICUなどの特殊病棟が未開設なことについて、医師を中心に人材の確保ができないことを理由に挙げられていました。しかし、なぜか先の議会ではわずか17床開設に必要な職員定数の改訂しか提案がありませんでした。

 現在行われている審議会からも、「まずは600床開設に必要な定数としておくべきだ。そうでないと採れるものも採れないではないか。」との指摘を、再三受けていたのにもかかわらず、しかも病院側は「患者の需要はある」と答えておきながら、です。これでは鼻から特殊病棟を開設する気がないと見られてしまうのではないでしょうか?

 公立の市立病院は3次救急をはじめとする政策医療を行うことが使命であることは明白です。しかし、重篤患者用の特殊病棟を開設しないということはそうした使命を自ら放棄しているのでは?とも考えます。何のために、毎年、多額な繰入金の投入をしているのでしょうか?承服しかねます。

 二つ目の反対理由は、議会から付議された付帯決議が守れないことを挙げたいと思います。

 付帯決議では開院3年目には「600床開設、90%稼働を守ること」としていましたが、これが守れないことが明白となりました。先ほど申し上げたように600床開設に必要な職員定数としていないので、600床開設は、当たり前ですが、できません!本当に600床開設をする気があるのでしょうか?

 約290億円という巨額の費用で建てられた600床の病院。少なくとも36床分の費用は無駄になっています。一体、だれが責任を取るのでしょうか?

 こうした議会、そして審議会からの指摘も無視するかのような病院の姿勢は非常に問題だと指摘します。このような姿勢を変えていただくためにも、今回提案の予算には、議会として反対すべきだということを皆様に申し上げまして、反対討論とさせていただきます。

 

 以上で、会派を代表しての、平成31年度予算についての討論を終わります。ご清聴ありがとうございました。(拍手)

画家の情熱を知った、恩師の最終講義

埼玉大学教授、吉岡正人先生の最終講義
https://youtu.be/v01tmG3Muow

2月16日(土)、初めて埼玉大学のキャンパスに行きました。専修大学松戸高校(専松)の美術部の恩師だった、吉岡正人先生の最終講義に出席するためです。

吉岡正人先生は、私が高校を卒業して間も無く埼玉大学の教授になられました(写真は部長のT君と)。

今では、指折りの画家となられた吉岡先生。飄々とした性格の吉岡先生にも、実は様々な人生模様があったことを初めて知り、人の人生の奥深さを改めて考えさせられました。

以下は私が記した講義のメモです。

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浪人時代、最初の2年くらいは友達がいるから何とか楽しく過ごせるが、3浪目からはグッと寂しく

美術予備校の先生(?)から
「君諦めたら?」
しかし言われたら余計にやめられない。
毎日毎日ルノアールで何時間も過ごし、構成やら表現やら分析する日々。

しかし受験はまた失敗。

渡欧することに(3月落ち5月にはパリに。言葉は全く分からない)
超巨大な低気圧が来て、喘息の発作が出たことで、画家の山下さんのところに居候。画家の生活を近くで見られるラッキーに恵まれた

毎日ルーブルに通った
言葉は分からないし、
「将来どうなるんだろう」
上手く描くことしか考えていなかったが、有名な絵画のすごいパワーを目の当たりにし「ヤバい」と。

凄い絵画がたくさんあるのだが、絵が語りかけてくる
「誰も分かってくれない」
「孤独だ」
などと。

様々自分のことを考えた
当時22歳
それまでは上手く描くことしか考えていなかったが
「絵画って何?」
と考えながら描くようになっていた

画家の先生を捕まえては
「先生お話が」
大抵ちょっと良い店に連れて行ってくれた
「大変な時代の中、どうして絵を続けてこられたのか」
質問し続けた

良い時間だった

デッサンは線だと思っていた
今でもアウトラインにはこだわっている

下宿に同居していた服部くん、
ホモと噂されるくらい一緒にいた
二人でいる時はずーっと絵の話

「コイツは」と思う友達は狙って落とすタイプ。服部くんもそういう一人だった

彼はアメリカに渡り第一回絵画展を開いたが、40代そこそこで突然死。
「こんなことが起こるのだ…」
初めて人生を考えた

武蔵野美術大学の通信制から武蔵野美術大学、そして筑波大学大学院へ

印刷屋のバイト
夜10時から朝8時まで休憩時間無し
日給1万円
3日働けば4日は絵が描けると思い
何とか続けていくうちに知り合いの額屋が自分を引き抜き、そちらに移った

後から分かったが、額屋は後にも先にもバイトは雇っていない。あれは自分に手を差し伸べてくれたのでは?

友達の内藤くんが高校教師の口を紹介してくれた
ホッとしたのもつかの間、合宿先で生徒が死亡
職員会議にかけられ、処分は免れたものの、いつまでもいられない雰囲気に
自分に子どもが出来たあと、16歳で子どもを失うことの深さを身に染みて感じた

周囲が心配して次々と就職あっせんが、そして埼玉大学に。
「何とか暮らしていける」

当時はかなりデフォルメした絵ばかり描いていた
その癖(特に顔)を直すまでしばらくかかった

ずっとアクリル画だったが全く売れなかった。しかしテンペラ画に変えた途端に一枚残らず売れ始め10年続いた

儲かったがこのままじゃスカスカになりそうだった。学芸員の知り合いが「外国に逃げたら?」
文化庁の派遣があることが分かり推薦されイタリアへ
イタリア「に」行きたかった訳ではなかったが…1年間(?)

埼玉医学大学からの依頼、ナイチンゲールとヒポクラテス。原画は会議室、拡大したものが正面玄関に。
チーム・バチスタの初回にも映っているらしい

最後の晩餐
京都のノートルダム大学に収めた

これからはもっと絵に集中できる
子どもの頃からずっと絵を描いてきた
自分はまだまだこれから、こんなもんじゃない、と思っている

橘先生が
「一生懸命やっているやつがいるんだ。そいつだけは何とかしてやりたいじゃないか」
(その姿を自分に重ねたのだろう。吉岡正人先生は声を詰まらせた)

息子に「泣くなよ」と言われたのに。

今思えば、自分の人生は心ある方々に支えられていた。
感謝の気持ちでいっぱいです。

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「自分はまだまだこれから、こんなもんじゃない」

その情熱ってどこから来るんだろう…物腰が柔らかく、飄々とした先生からは想像できませんでした。

また、後輩が合宿先で事故で亡くなった時、裏ではそんなに大変な事態になっていたなんて、全く知りませんでした。

考えてみれば、そりゃそうだったでしょうよ、と今では思うけれど、先生はそんな様子は微塵も見せませんでした。

人の人生、裏側では本当に色々なことがあるんだなと改めて思った、吉岡正人先生の最終講義でした。

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