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2020年1月27日 (月)

”ジェンダー平等”日本はどうなっている?

男女平等とか、ジェンダーとか、フェミニズムとか、こういう言葉を口にすると、大抵「強烈な考え方」のようなネガティヴなイメージがあるようです。でも、世の中の男女はほぼ同数ですから、それぞれの声が社会に反映することが望ましいと思います。

やはりどうしても、政治の場にもっと女性の声が必要だと思います〜…

ということで、先日勉強会に伺った時のメモを以下に書き記します。

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ジェンダー平等はどこまで進んだのか

〜できたこと、できなかったこと〜

DVサポートちば主催 @船橋市勤労市民センター

講師:船橋邦子さん(NPO法人女性と子どものスペースニコ代表)

 

北京女性会議から25年、

ジェンダー平等について日本だけが提出しなくて、ギリギリまでごねた。

若い世代とのジェンダーギャップについて

「ネット上に出てこないものは、あったことにならない(歴史として)」

などと評価された。

 

アイスランド🇮🇸の転換点は1975年の女性によるストライキ。家事労働や仕事すべて一切を放棄。

「未来への花束」(映画)

1908年 ウィメンズリスト=女性政党

1924年 平塚らいてうが結社設立

 

セックスワークは是が非か?

 

アイスランドでは

2007年 高校生にフェミニスト教育始まる、

2009年 買春禁止法

2018年 従業員25名以上の雇用主にジェンダー平等計画策定義務

 

北京会議以降、世界はジェンダー平等に取り組み続けてきたが、日本は全く取り組んでこなかった…だからジェンダー統計は下がる一方。

世界は「フェミニストはカッコいい」という感覚。

 

韓国は104位、

講師自身、韓国にて女性学を教える活動をしてきた。1983年あたりから女性の電話が始まっていた。性暴力をきっかけに運動が始まった。

 

パクウォンス ソウル市長(2011年から)

2012年。非正規労働者を正規労働者にした。

米軍基地は次々と撤退している。そのお金の7割を女性政策に使った。軍隊=男性の象徴だから、浮いたお金を女性政策に使うのは当然だ、という考え方。

 

2004年、選挙関連法の改正。

県議会議員レベル以上の選挙には50%女性にしなければならない。

また、政治資金に関する法律改正。政党助成金の10%を女性政治の発展に使用することを定めた。

 

一方で性暴力被害者が加害者を殺害する事件が相次いだことを受けて、性暴力特別法が成立(1993年)→家庭暴力犯罪の処罰

 

世帯単位は差別の再生産

日本人女性は怒らない国民性?

 

新自由主義に乗っかったフェミニズム運動はダメだ。

3割の声は必要だがそれだけでは不足。

 

中曽根政権、

米クリントン、英ブレア、世界はまだ市民福祉に向いていた。

 

韓国では家族法を改正し、「戸籍」→「個籍」に(戸主制廃止) 272人の国会議員にロビー活動したため、戸主制廃止272と言われる。

 

しかしなぜパク・ウォンスン市長がここまで出来たのか。それは市民のキャンドル革命、市民の後押しによる。

ムンジェインが最初にやったことは最低賃金の導入。

 

フェミニズムとは、一人ひとり誰もが自由に解き放たれるのが基本。

 

民主的な政権にしか、普遍的人権を守る政策はできない。プラス税制。何をどうしていくかを示さないと。

熱帯雨林保護運動(サラワク)の30年をふりかえる

私がまだ20代の若かった頃に関わっていた「サラワクキャンペーン委員会(SCC)」。

そのふりかえりの会があると聞いて参加しました。

市議会には関係ないけど…と思いながらの参加でしたが、なんのなんの!!!

公共施設の建て替えが迫っているなら、めっちゃ関係があったんだ!と気付かされました。

それに私、改めてすごい運動に関わっていたんだな〜、と思いました。

 

以下はメモです。

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失われた30年 サラワク

http://www.jatan.org/archives/5030

森のある惑星

https://morinoaruwakusei.net/

 

代表:トム・エスキルセンのお話 2020.1.24

なぜ関わるようになったか。元々ガンジーの思想や仏教に興味があったが、途上国を訪れると、余りにも現実とかけ離れた生活を強いられている人々、しかし尊厳を持って生きている現状を見た。

 

一方で、農薬問題から入った、松井やよりさん(元朝日新聞編集委員)、黒田洋一さん(環境活動家)がサラワクの現状を知り大きなショックを受けた。

 

1980年代後半?マレーシアのサラワク州にブルドーザーが入り、大木が次々伐られ、日本に送られて、コンクリートパネルやカラーボックスに。

 

最初はフィリピン、次にマレーシアのサバ州、次にサラワク州に移ってきた。インドネシアでも。

現在でも、合板輸出量の3〜5割が日本に送られている。

 

やがてパームやし(アブラヤシ)の生産に移り始めていった(ブルーノマンサー基金に説明がある)

 

アカシアなどモノカルチャー植林が進んでいる。

 

サラワクの森林破壊

グローバルウィットネス「野放し産業」より

 

前後するが、

1980年に入ると大規模な道路封鎖が行われるように。1987年3月には25箇所で一斉に封鎖。

しかし法律が作られて、

1月、JATANが地球の友、JVC、日本消費者連盟などに呼びかけた

松井やよりさんが朝日新聞に記事を書き

 

1990年、サラワクキャンペーン委員会ができた。

 

以下活動のほんの一部↓

 

伊藤忠商事が問題の根源(の一つ)だと突き止めた

 

黒田洋一さんの書籍が世界的に高く評価される。ゴールドマン環境賞を受賞

 

昼夜無い運動、凄まじかった。終電は当たり前、下手をすると事務所に泊まり込み…

 

国際熱帯木材機関(ITTO)前で先住民族と共に抗議行動やキャンペーン活動

 

文部省が三菱商事自画自賛マンガ本(全国高校に配布していた)をリコール

 

ゼネコンと「コンパネ連絡会」を設立、定期的に会議

 

1992年12月、丸紅前でハンスト

 

自治体キャンペーンも勢いづいた「熱帯材を公共施設に使わないで!」全国各地で。全国キャラバン。

 

オーストラリアのエコロジスト、アンニャ・ライトも参加

 

熱帯林保護全国市民会議(1990〜1997、8回)

 

代替材・モデル工法の見学

 

熱帯雨林とサラワク先住民族(書籍)

やがてコンパネ問題から内装材問題へ。

 

そんな過酷な活動の中、スタッフは疲れも出始め、1人2人脱落

 

全国で100以上の自治体が熱帯材削減を実現した

 

1995年3月、代表松江和子さんの右腕だった市井晴也さん新潟県へ移住、松江さんも故郷に帰り、代表は浦本三穂子さんに。

 

家具の問題を扱い始める

 

1997年COP3(京都議定書)、会場ではウータン:森と生活を考える会のキャンペーンに参加

 

現地では徐々に先住民族に対する弾圧が酷くなり、逮捕や不公平な裁判が続いた。基金を設立。

1990年には、土地を奪いに来た暴力団と衝突し、暴力団の4人が死亡する事件、正当防衛が争われた。

 

2000年には入り、アブラヤシの巨大広大なプランテーション問題にシフト。勉強会から

 

現地から先住民族が来て、アブラヤシプランテーションの深刻さを訴える集会

 

2004年 オーラルヒストリー調査(生活の痕跡、文化などを調査してまとめる)→森の言葉

森の中で、遠くの人と交信する技法

逆にプナン語にも翻訳して現地に配布

 

スタッフは病気や新しい問題に取り組まざるを得なくなったりして、活動が手薄に。

細々と、現地を見学したり、イベントを開催したりしている。

 

パタゴニア助成金他を取得、少しずつ機運が高まっている!ホームページもリニューアルした!

 

いまだにサラワク材輸入第一国は日本である。

パーム油発電が盛り上がる可能性、熱帯雨林破壊の危機再び。

 

MTCCの検証が必要だ

マレーシア木材認証制度

 

ムル国立公園前でも2019年にバリケード、今なお続く。終わっていない。

 

…………………

【意見交換】

 

ホームセンターに行けば、まだまだサラワク材が見つかる。

 

Q:何が行動を減速させたか?

A:市民への広がりが足りなかったかも。自治体は職員の異動があり、継続されない。

 

平成30年林業白書によると、国産材の使用は少しずつ増加している。また、丸太よりも製品として輸入している。

 

代替材(型枠)について、東京都、鹿島建設、プラス 熱帯材を使わない強度がある合板を作った

 

型枠大工は職人芸、誇り高い

 

トップダウン、ボトムアップ両方必要だが、やり切れていないのが現状

 

工事の特記仕様書に一行「熱帯材不使用」と入れるだけ

自治体が条例を作れば良いのだが。

 

 

FOEの方:

人をモービュライトする難しさを感じている。

1990年何が今と違っていたのか?

→安保世代の残党がまだ残っていたのかもしれない。今より生活にゆとりがあった。

アンニャ・ライトのツアー活動も大きかった。

 

サプライ問題が見えないところで起きている。気候リスクに関しても非常に高いにも関わらず、SDGsに賛同している大企業であっても知らない。

アクションのたびにマスコミに訴えるとか。

 

資本主義の構造そのものの問題がある。

 

活動手段としてSNSを利用してはどうか?

若い人に対する発信を。

 

まだまだ豊かな森、守るべき森がある。

信じられない、ビックリする森がある。

親類の貴重な財産、文化。哲学と生き方。若い人に伝わっていないことは、森林が無くなること以上に大変なことかもしれない。

 

2020年1月26日 (日)

日本の教育に取り入れたい「イエナプラン教育」

ドイツで生まれ、オランダで広がった”イエナプラン”という教育法。

一人ひとりを尊重しながら自立と共生を学びます。

https://www.japanjenaplan.org/

その豊かな教育環境と、教師のレベルの高さ、子どもたちの大人度には驚かされます。

以前に学んだ、デンマークの大人向けの学校「フォルケホイスコーレ」と重なりました(その時に紹介された、デンマークの学校の紹介と重なったのかも?)。

https://www.ifas-japan.com/folke/

 

以下はメモです。良かったらお読みください。

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イエナプラン(教育プログラム)〜オランダの教育〜

2020.1.25@西船橋

講師:漆原幸子さん(心理士)
教育者でもない自分がなぜ教育の話を?
きっかけは息子の不登校、
家族にとっては青天の霹靂、もう明日は無いかのような気持ちに
息子が通っていた幼稚園はモンテッソーリ教育を実践、キリスト教の精神、自由で豊かな毎日だった
そんな中出会ったのがイエナプラン。
息子は見る見る変わり、様々なことを自分で選択し決定していった。そんな、息子が愛してやまないイエナプランを実際に見に行こうと渡欧。

日本ではイエナプランを教えられる教師は十数名しかいない

イエナプランの成り立ち
ドイツ人ペーターセン、
初めは「人間の大学」として大会で発表→秘書たちがイエナ大学発祥の理念だからと「イエナプラン」と。

一言で言えば「生きて学ぶ共同体としての学校」
*リビグルームとしての空間
*考えるから育むへ
*異年齢のグループ(破壊という強い言葉で単年生を批判)
*個人の進度や学習リズムを重視

インクルーシブな社会に向けて(当時この言葉は無かったのでは)

社会における責任ある人として人とともに生きるための練習の場である

時代は第二次世界大戦に向かう頃、大学を追われ、西ドイツに亡命後、ペーターセンは死去

オランダでの広がり
スース・フロイデンタール=オランダ、イエナプランの母と呼ばれる
学校に不満を持っていたスースは、ある時イエナプラン教育を知り、衝撃を受ける「これこそ私が求めていた教育だ」
以降、普及に尽力する

8つのミニマム
1、インクルーシブな考え方を育てる
2、学校の在り方を人間的で民主的なものにする
3、対話および学校に関わる全ての人と対話する準備ができていること
4、教育学的な思考と行為の人間化(生徒、という括りにするのではなく、一人ひとりを人として尊重する)
5、学校に関わる全ての人の真正性さ(ホンモノに触る、感じる、味わう、など。立場は関係なく人間としてのホンモノさ)
6、生と学びの共同体における、協同的で自立的な秩序を通じた自由
7、批判的な思考を育てる
8、創造性を刺激し、創造のための機会を与える

イエナプラン教育の20の原則
人間について5、社会について5、学校について10

リヒテルズ直子さん「明日の学校に向かって」(ドキュメンタリー映画)

1〜3年生が同じ場で学ぶ、上級者は新級者に教える、世話をする、

基本活動→対話、催し、仕事、遊びのサイクル(循環)
教育の中に"遊び"が含まれていることが素晴らしい。
日本の子どもは遊んでいない。

校庭を作り替えている最中の公立学校、子どもたちが相談して実現する。

サークル対話
みんな対等に。

教室には黒板が無く、モニター画面、児童生徒にはパソコン

ブロックアワー(学習時間)には、インストラクション(先生からのレクチャー)を受ける子もいれば、進んでいる子は自分自身の学習に集中することができる。静かに集中したければイヤーマフをする。その子らに声をかけて良い場合かどうかは、色の札の色で知ることができる。
同じように、トイレを利用する場合に、マークを見れば、今トイレが空いているかどうか知ることができるようになっている。

ワールドオリエンテーション
「問いを立てる」こと。答えを見出すことが目的ではない。
出された問いは、マインドマップにまとめられ、整理することができる。思考力の構築に生かされる。
調べ学習の結果や成果の発表をする形態は子どもたちの自由

すぐに教育の結果が出るわけではない。

ネガティヴケーパビリティ(答えの出ないことに耐えること。不確実性に耐えること。)精神科医が翻訳。→相手を理解するための下支えを育む力になる。不寛容は戦争につながる。
今現在に求められている力かもしれない。

催し
年間行事、週の初めや終わりに行われるミニ発表会、誕生日会、クラスで催すパーティーや発表会。

マルチプルインテリジェンス
言語スマート、数学・論理スマート、空間スマート、音楽スマート、運動スマート、人間関係スマート、自然スマート、内省スマート
得意、不得意、

通知表だけではなく、ポートフォリオ(一人ひとりの成熟した記録)
最近はパソコンに取り込まれつつある

出来たことを書く。
生徒を一般化しない。

通知表、ポートフォリオと共に懇談会の招待状が届く。子どもが話したいこと、親が話したいこと、扱いたいテーマなどを記入できる。
懇談会は、中心は親ではなく子ども。
自立性が重視されている、と親は評価し、感謝している。

オランダって
フランス革命後、ナポレオンが学校法を制定。政治的中立な公学校。
それに対するアンチテーゼとしての教育の自由、90年に渡る闘争…
その結果↓
*設立の自由…学校を創ることができる(今は簡単には創れない)
*理念の自由…宗教・非宗教の平等、公平
*方法の自由…教員、計画、教材等の自由裁量権

私立>公立
幼小一貫、中高一貫
4歳から小学校入学可(義務教育は5歳から)
中核目標
「個別教育」が主流…オランダでもかつて画一的教育に批判が高まった
イエナプラン校は全国220校程度→割り合いは少ない
(概ね8年間で目標に達成すれば良い)

⭐︎費用は国費、交通費も含め保障されている

オランダって
マイノリティ共存社会(柱状社会)→昔から多民族国家、他言語社会だったことが影響
ワークシェアリング→正規非正規は全て同一賃金同一労働同一保障。夫婦て収入や労働日数をやりくりできる

*社会における安心安全な居場所がある
*主体的な遊びと学びの保障
*対話と協同により

誰もがありのままに育つ権利が保障されて欲しい

日本でも、
軽井沢の風越学園(学園長がリヒテルズ直子さんと懇意)や長野県の大日向小学校が取り入れたり、名古屋市など公立学校に取り入れられないか検討中とのこと。

 

日本の教育、変えたいです!

わずかに、千代田区の麹町中学校や世田谷区の桜丘中学校が素晴らしい教育環境を創っていて、まさに一縷の望みという感じですが、スタンダードにしたい。子どもたちが生き生きと生きられる環境にしたいです。

2020年1月19日 (日)

ヘイトスピーチをする人の心理

新年が明けました。
今年も宜しくお願いいしたします。
新社会党千葉県本部の新春の集いで、ジャーナリストの安田浩一さんからヘイトスピーチについて講演がありました。以下はそのメモです(写真が不鮮明でごめんなさい)。
なぜ、中国人や朝鮮半島の人たち、あるいは日本に住む韓国人の方に対して、あそこまでの憎悪があるのだろう。
私は中国人にも韓国人にも在日韓国人にも友達がいるけれど、普通に友達で、何とも思ったことはありません。
むしろ、知らない国で育った人との会話は、歴史観も含めて学びが多く、話をするのが楽しみだったけどな〜…


↑船橋市ぎの池沢みちよさんと。

2020年 新社会党千葉県本部・憲法を活かす会千葉県協議会 新春のつどい

参議院議員 小西洋之さんより
原則 停戦合意があること、先方の国の理解・同意を得ること、中立であること
しかし実体は…日本自衛隊はイランの情報を集めてアメリカに渡す任務を遂行することになっており、全く中立ではない。
桜を見る会は安倍首相の買収罪である。
それを安倍総理に真正面からぶつけていく。
ジャーナリスト 安田浩一氏のお話
「これでいいのか、日本の社会⁉︎差別と貧困、ヘイトで考える」
今や講演会で罵声が飛ぶのは当たり前になった。
票にならないことには取り組まない保守系議員。
ヘイトスピーチ解消法が成立したが、罰則規定はなく、実効性に乏しい。
「出て行け」「死ね」は下劣で低俗な言葉ではあるが、実はヘイトではない。しかし、ここに国籍や人種など属性を指して卑下することが加わるとヘイトスピーチになる。人種、国籍、障がい、LGBT…
2013年から新聞に初めてヘイト記事が登場した。それまでは全く存在しなかった。
2015年5月サンケイ
例えば西船橋で↓(写真)
「西船橋から中国人は出て行け!在日を追い出せ!」と、旭日旗やナチスの旗を掲げて練り歩く。
差別を無視し、容認し、関心を示さない日本こそが真の敵だ。
災害のたびに流布しているデマと流言。
「台風で中国人と在日には消えてほしい」「ドサクサに紛れて在日が井戸に毒入れてる」「中国人がコンビニ荒らした」…
Twitterでいくらでも検索できるし、削除されないまま。誰も罪に問われない。
ベストセラー作家 百田尚樹のひどい発言「中国ひどい、韓国とは国交断絶しろ、アイツらと戦争したい、人間のクズ」
90年代、気になり始めたのが外国人労働者
外国人実習生の取材がきっかけでヘイトスピーチに入っていった。
木更津の養豚場で働く中国人の事件。真面目に働いたが給料がめちゃくちゃ安い。
これ↑はある技能実習生の労働契約書(写真)
あり得ない時給…
技能実習生は"労働者"じゃないという勝手な理屈。
休む間もなく安月給。働き先を変えてほしいと訴えた。日本に来るために借金してきたが、この時給だと借金を返すだけで終わってしまう。彼は自殺未遂をおかす。
しかし技能実習生は転職できない仕組み。
雇い主は警戒し、騙して強制送還しようと試みたが失敗。揉み合いになり、彼はとっさに納屋から包丁を持ち出し、刺し殺してしまった。
懲役16年、現在府中刑務所に服役中。→出所したらどうなる?
技能実習生は、例えば…
*不平不満を言ってはいけない、
*携帯電話所持禁止、
*恋愛禁止(同居、結婚、妊娠、一切禁止)…
相手が外国人だから舐めくさっている。
経営者にこの現状の理由を聞くと、皆同じく「外国人だから」と答える。
洋服、野菜、水産、リネン…
ものづくりに関わる労働は殆ど外国人という実態。今彼らがいなくなったら日本は全く成り立たない。なのに外国人差別をしている日本という国。
3年間時給450円で働き続け、明日帰国するという日に逃げ出した中国人。通帳は3年間渡されなかった。帰国の前日に渡された通帳を見たら殆ど溜まっていなかった。名古屋、東京、茨城、栃木…
アンダーグラウンドで働く方がよほど稼げる実態。
農村を歩いていると目立ったため、職質を受けた。パスポートを見せろと言われて彼は逃げ、結局警官に撃たれて即死。
中国人の家族が裁判を起こす。
裁判所の前が騒がしい。聞くと「右翼が来ている」と。しかし街宣車はいない、特攻服いない…
若者、ベビーカーのママ、同い年ほどの男性、全く普通の人にしか見えない人たち。
不逞支那人を射殺せよ、と。
2チャンネルの呼びかけによって方々から集まった人たちだった。中国人の分際で日本を訴えた不届き者を許すな!と。
不法滞在外国人が怖いというイメージがあるようだが、実際には違う。目立つと自分が困るから、大人しく目立たなくしている。
記事にしよう、と持ちかけたが、どの出版社も乗らない。「こんなの一時的なもの。すぐに淘汰される。いつの時代にもバカはいる」
2016年 国連の差別撤廃条約
在特会、今や会員15,000人、案外高齢者が多い。
金持ち、公務員、教師もいる。
2013年中学生が参加していてビックリしたが、今では全く驚かなくなった。
これに対して体を張って闘った政党、労働組合は、ただの一つも無い。
ヘイトスピーチは「言葉の暴力」ではない。ただの「暴力」である。心をズタズタに引き裂かれる痛み。当事者はいつまでも傷を忘れない。
最も戦うべき相手は、
痛みを受ける当事者ではない自分。
傷つかない自分
であり、
先頭に立つべきなのは、その自分である。
あらゆる戦争は全て、差別から始まるからだ。
社会を地域を、人間の命を、良心を守るために。

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