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2022年4月28日 (木)

我が子が不登校になったら?私の場合はこうでした<その6>

(その6)これが最後

                             

③我が息子、その後は

              

息子は現在、人口よりも牛の方が多いような北海道の田舎町の、

ある建設会社の社長に拾っていただき、毎日働いています。

不思議なご縁の結果こうなりました。

                       

息子は卒業後、何がしたいか全く思いつきませんでした。

卒業式の時点でも、彼は「進路未定」でした。

ある時「北海道で牛の世話でもする?」と聞いてみたら

目が「キラッ」としたのと、

そろそろ私と一緒にいたら抜け出せなくなりそうだな~

という気配も感じていたので、お互いに簡単には会えない場所で、

しかも大自然がある北海道が適地ではないかと考え始め、

何とか北海道に追いやれないものか…と私は企みはじめました。

                                                

そんな時、17年ぶりくらいにFacebookで再開したSさんが

北海道に住んでいることを知り、息子のことを話したところ

「遊びにおいで」ということになりました。

2人で行ってみたところ、息子は北海道がとても気に入った様子でした。

良いぞ良いぞ♪

しかし、私たち親子が本当にラッキーだったのは、

そのSさんが稀に見るほどの世話好きな方だったことでした。

                          

Sさんのご紹介で小さな牧場にご縁ができ、息子は1週間滞在して

経験をさせていただきました。

その後Sさんは、息子には物作りが向くだろう、と、

とある建設会社を紹介してくれて、まずはアルバイトから、と…

働かせていただくことになりました。

住むところをどうしようかと言っていたら、

Sさんから話を聞いた地域猫活動をしている方が

「猫の世話をしてくれるなら住宅を提供する」

と言ってくださり、ジャガイモ畑の中の一軒家をほぼ無料で

お借りできることになったのです。

                             

結局、建設会社に就職させてもらうことになり、

あっという間に進路が決まりました。

この正月、本人が帰郷した時に「楽しい?」と聞いたら

「うん、楽しいよ」

と息子。

コンビニで牛乳の1本さえ買えなかった息子が、

知らない土地で働いているなんて。

あんなにペラペラだった息子の体が、胸板も厚く、

力こぶもしっかり出来て逞しくなってビックリ。

                      

さまざまな皆さんとのご縁、そしてご親切には

感謝してもしきれません。

Sさんは今でもまるで親代わりのように、

私に様々な報告をしてくれます。

本当にありがたい方です。

そして、そのほかの北海道の人たちも、

とても面倒見が良いようなんです。

開拓精神が受け継がれているのでしょうか。

                                           

多分、うちの場合は上手く行った方だと思います。

誰もが同じようにはいかないかもしれません。

でも「人生の脱落」なんて周囲が勝手に決めているだけで、

実際にはそんなこと無いんじゃない?って思うのです。

                         

日本では「みんなと同じことができる」のが

暗黙の評価基準かもしれない。

でも、息子の不登校を通じて気付かされたのは

ありのままの自分で良い、ということ。

それは子どもだけじゃなく、大人の方もそうです。

                   

(ただ、ありのままの自分でいられるための、

最低限度の生活ができる社会基盤が必要です。

それは政治の役割であろう、と思います。)

                        

学校に行かれなかったことは、いまだに息子の傷になっているようで、

今年の成人式、息子は行きませんでした。

中学校の友達に会いたくなかったのでしょう。

自分が不登校だったことを、この先彼の中でどう

折り合いを付けていくのか私には分かりません。                      

 

でも、自分らしく彼の人生を歩んでもらえたら、私にはそれで十分です。

                                  
(おまけも書いたので、よろしければこのあともお読みください♬)

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