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2022年4月28日 (木)

我が子が不登校になったら?私の場合はこうでした<その4>

(その4)                               

                            

私が息子を黙って見ている様子を見て、夫も実父も

「お前は息子の将来に責任が持てるのか」と私を責めました。

私は「人生の責任を取るのは本人であって私ではない」

と答えました。

夫婦間、親子間の葛藤は、どの家庭でも起こると思います。

                       

私は夫を講演会に連れていきました。

そこには不登校の児童生徒を持つ親が集まっていて、

自分と似たような人たちがいると知り、夫は少し

安心したのではないかと思います。

妻の言うことには納得できなくても、

講師の方、経験者の話を聞くとすんなり入ることがあり、

ご夫婦で講演会や自助グループに行くのはオススメです。

                        

それから…不登校の期間、私は実は息子と一緒に寝ていました。

彼の名誉のために、書こうかどうしようか少し迷いましたが、

ありのままを知ってほしいので書くことにしました。

                      

不登校になってから、ある時

「母ちゃん、一緒に寝ても良い?」

と息子が言ってきたのです。

私は拒否しませんでした。

もう子どもではない男の子とお母さんが一緒の布団。

普通だったら気持ちが悪いかもしれませんね。

でも、息子が不安な気持ちでいっぱいなことが伝わってきたのです。

それからは毎日一緒に寝て、たまには息子のお腹に手を置いて

「なんちゃってお祈り」をしたりして笑。

            

3年生になる頃だったでしょうか。

いつの間にか息子も成長し、

一枚の布団では狭くなりつつあったある日のこと、

私が風邪を引き、インフルエンザだといけないからと、

別の布団で寝たことがあります。

すると、朝になって息子が

「一枚の布団で寝るってラクチンだねー!」

と言ったので、ああもう大丈夫なんだなと思い、

それからは別の布団で寝るようになりました。

 

千葉県の事業である「訪問相談担当教員」の

派遣をしていただきました。

教頭先生がこの制度を紹介してくれて、約2年間、

男性の理科の先生が週一ペースでお越しくださいました。

女の子の家庭には女性の先生が訪問するそうです。

                      

その先生が来たら、理科の実験をしてくれます。

私も面白がって参加し、楽しい時間を過ごさせていただきました。

時々は私が仕事で忙しいことにして、

先生と2人で過ごしてみたり、

適応指導教室まで先生と2人で行ってみたり。

優しい先生で、とても良くしていただきました。

                                     

                  

(その5に続く)

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