福田村事件〜今年は関東大震災から100年に当たります〜
今年は関東大震災から100年だそうです。
以下は政府の防災情報のページ ↓↓↓
https://www.bousai.go.jp/kantou100/
地震の範囲は阪神淡路大震災の10倍もあったのですね…
発生時間が11時58分、お昼ご飯の支度をしていたことが災いし、人口の密集する東京は火の海となってしまった。亡くなった10万5,000人のうち9割95,000人近くが焼死したそうです。
子どもの頃、ご近所に住んでいた奥さんが当時のことを話してくれたことを覚えています。
「テーブルの下に潜ったって、テーブルと一緒にピョンピョン跳ねちゃうのよ」
そんなことを言っていました。そう言えばあの奥さんの出身はどこだったのかしら…
そして、もう一つ忘れてはいけないのが朝鮮人虐殺の問題だと思います。
私は、少し前に見た映画の予告編で「福田村事件」という映画を知りました。
香川県から来ていた行商人の一行15人を「朝鮮人だ」と思い込んだ自警団によって9人が惨殺された事件で、その実話に基づく映画であることを。
そんな折、議員仲間の関根ジローさんから、福田村事件の現地を見学する学習会にお誘いいただき、参加してきました。
以下は簡単なメモです。
…………………………………………………
福田村事件 学習会と現場訪問 2023.8.3
お話:福田村事件追悼慰霊碑保存会の皆さん
事件発生は1923年9月6日、関東大震災から6日目のことだった。
香川県の行商人一行が、野田市福田村(当時)の神社の境内で昼休憩をしていた。
神社の下が川になっていて、彼らは船頭に「向こう岸に運んでほしい」と交渉に行った。
方言が聞き慣れず「へんな奴らがいる」と船頭は警戒した。
行商人の一行は君が代、いろはにほへとは言えるようだった。
船頭により”半鐘”が鳴らされた。
これが引き金になり、
15人中9
遺体は川に流されたと言われ、遺骨は無い。
これまで被害者に対する公式な謝罪、誠意の表明等が無かった。
野田市議会で議会質問があり、市長が正式に詫び、ニュースに取り上げられた。
「日本人と間違えて殺害した」は、ただの言い訳である。
この問題の本質は「複合差別(※)」である。
また、
※下の方に読み進めると映画についてのところで複合差別についてメモしてあります
団長夫婦、4歳6歳の男の子、など、
生き残った少年を自宅に泊めた刑事のことが記事に ↓↓↓
https://www.chibanippo.co.jp/news/national/1080497
”臣民意識”が出来たのは明治維新以降、
部落差別は江戸時代にはそこまででもなく、差別が酷くなったのは明治に入ってからだ。
明治維新を見直さなければならないだろう。
福田村事件は過去のことではない。
《参加者からの質問》
①野田市内の学校で教えているか
→松戸市でも野田市でも教育現場では教えていない
②加害者の認識に”部落出身者”はあったのか
→部落出身者だということは事件の相当後で分かったこと。
ただ、前提として行商人や朝鮮人など、よそ者に対する排除意識は強かっただろう。
③朝鮮人と日本人虐殺の刑に差はあったのか
→はっきりは言えないが、差はあったのではないか。
④自警団の力はそんなに強いのか(権限)
→権限でこうなったのではなく、偶発的に起こってしまったと考えている。
⑤裁判での謝罪の言葉は無かった。国も県も隠蔽した?
→部落出身者だから、という差別意識が働いている可能性はある。
⑥不定行商人、朝鮮人等に注意を呼びかけるポスターについて
→「自警団を作れ」
当時、警察から「用心に被害なし」というポスターが配布されていたそうです(関東大震災よりも前のことだと思われます)。もともと、よそ者や行商人等に対する警戒心や差別的な感情が醸成されていたのではないでしょうか。
⑦映画について
→史実とは違う、不満を感じる。
大きな社会不安、差別、排外主義、
⑧原作となった書籍について
→捉え方は様々だが、中には差別的な言葉があり、
大枠論だけでいくと、個人の、個人枠論が抜け落ちてしまう。
座学を終えて、追悼慰霊碑まで移動しました。
行商人の一行が休んでいた神社は、今も当時のまま残っていました。
鳥居の手前に針金で体を縛り付けられていた6人は命を繋ぐことができたそうです。
亡くなった方の中には妊婦さんもいらしたとのことでした。
参加した議員で、卒塔婆を立て、お花とお線香を手向けました。
…………………………………………………
会の代表をされている市川さんが、体調を崩されてお会いできなかったのはとても残念でした。
いただいた資料は、とても細やかな気遣いがされており「どんな差別も許さない」という想いが
伝わってきて、ご本人がどんな方かお会いしてみたいなと思ったのです。
最後の映画や書籍の評価のところ、会の皆さんは不満げでした。
史実を正確に伝えてほしいという思いが強いからなのでしょう。
映画や書籍には別の役割もあるので、私は一定の理解をしますが、難しい問題ですね…
また、当時加害者となった人たちのご親戚などが現地にお住まいの可能性もあり、
その人たちの人権も守りながら加害の歴史を伝えていくのはとても神経を使うし、
大変なことだろうと思いました。
それでも、私たちは自分たちのために、なぜこの事件が起きてしまったのか学び続ける必要があるでしょう。
9月にはどうしてもこの映画は見なければと思います。
福田村事件 9月1日公開
https://www.fukudamura1923.jp/
私からは、この映画もすごくオススメです。
金子文子と朴烈(パクヨル)
2011年の東日本大震災の時、Twitterで「朝鮮人が井戸に毒を撒いている」という投稿を見ました。
え??一体今何世紀よ! と、とても驚きました。差別意識はいつの時代にもあるし、誰もが持っている感情なのでしょう。
先日、国連理事会が来日して、日本国内に人権機関が存在していないことを指摘しました。
日本の人権意識は、国を挙げて低い状態です。
高いと言われている国でさえ生活レベルでは差別があるのですから、
国が何もしていないこの日本は…推して知るべしです。
8月31日(木)、9月2日(土)、3日(日)とさまざまな式典や集会があるそうです。
« 松戸の農業のこれから〜おいしい野菜をいつまでも〜 ご参加いただきありがとうございました | トップページ | 軍拡と『ゾンビ家制度』の罠 »